「キスだけが知っている秘密」
〜恋心はチョコレート気分〜
ドアを開けると、ちりりんっと可愛らしい音がした。 そういう音に迎えられるのに慣れていないジョーは、一瞬戸口で立ち止まったものの「いらっしゃいませ」という耳に心地よい声と笑顔に勇気づけられ、店内へ踏み出した。 「あの、・・・まだいいですか?」 声をかけてくれた女性におずおずと質問する。 「――島村っち??」 島村「っち」?? 自分は「島村」に間違いなかったけれど、そんな風に呼ばれたことはなかった。 「・・・あの、」 曖昧に笑みを浮かべ、ジョーはもう一度口を開いた。 「ここは何時まで――」 そのジョーをぽかんと見つめたのは一瞬。すぐに元の笑顔に戻り、その女性は優しく言った。 「まだ大丈夫ですよ。こちらでお召し上がりですか?」 ほっとして大きく息をつくと、ジョーは携帯を取り出した。 「あの、先に持ち帰り用に――お願いしてもいいですか?」 そうして改めて携帯画面を見つつ、目の前のショーケースを見つめて。 「えぇと・・・『午後の甘い口付け・クッキーセット』と・・・た、たべ、・・・『食べ頃のキミはぼくのもの』??ん??」 なんだよこれは。 携帯画面を見つめ、ジョーはパニックに襲われた。 ・・・これっ・・・本当にケーキの名前なのか??
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「あのね、お願いがあるの」 甘えたような声で言われたのは昨夜のことだった。 「ん、なに?」 一瞬、間を置いて。 「――それでね、明日レッスンがあるんだけど」 公演前だけに、レッスンが長引く可能性があるらしい。 「だけど、どうしてもそこのケーキを食べたいの。だから、お店が終わる前に、」 困ったように唸りながら、ちらりとフランソワーズを見つめる。 「いいよ。でも、何がいいのかわからないよ?」 そうしてフランソワーズに抱きつかれ、ジョーはちょっとしたパニックに陥った。
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ケーキの名前がメールされたのは今朝だった。 これ・・・全部、フルで言わなくてはいけないのだろうか? 彼女からのメールの冒頭には「全部ちゃーんと言わないと売ってもらえないから気をつけてね」と書いてある。 「――以上でよろしいですか?」 ええい。仕方ない。 「『キスの甘さを味わうムース』、『キスだけが知ってる秘密』もお願いします。1個ずつで」 棒読みで一気に言ってしまう。 「あのっ、それは――」 そう言って、鮮やかにウインク。 「・・・・カレシの島村くん・・・・?」 ・・・・・・・・・え? 「不思議そうね?でも、フランソワーズのカレシは島村くんって決まっているのよ。――ね?」 彼女が同意を求めた相手を目で追うと、そこにはカフェエプロンを身につけた男性が立っていた。 「ええ、フランソワーズさんのカレシはしまむ」 ジョーの瞳がすうっと細くなった。 「どうしてきみがフランソワーズの名前を」 地を這うような低温でジョーが言うのと、店内へ息を弾ませ駆け込んできたフランソワーズが彼の腕に巻きつくのが同時だった。 「ケーキ買えた?」 蒼い瞳がジョーを射る。 「え、あ。うん。買った」 嬉しそうに頬を染め、ケーキの箱を受け取る。そうして、帰りましょうとジョーの腕を引く――が、びくとも動かない。 「ジョー?どうしたの?」 覗き込んだその赤褐色の瞳は危険な色を宿しており―― 「ジョー!?いったいどうし」 カフェのスタッフらしき男性はおどおどと目を左右に泳がせるばかりで、口を開いても何を言っているのかさっぱり聞こえない。 「きみはまさかフランソワーズを」 ジョーが何かを言おうとした瞬間、先刻までただもじもじしていた男性は意を決したように顔を上げ大音量で叫ぶように言い放った。 「違います、違いますっ!!ただのお客さんで、僕はただの店員で、それ以上でも以下でもないですっっっっ」
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「――全く。アンタって子は」 数十分後。 「いい加減、告白しちゃえばいいじゃない。僕はフランソワーズさんが好きなんですーって」 萌子はやれやれとため息をついた。 「全く。玉砕する覚悟もないっていうの?」 大地はがばりと顔を上げるとひたっと萌子を見つめた。顔が真っ赤である。 「相手は島村っちなんだよ!?勝てるわけないじゃないかっ」 萌子は、はいはい泣いてない泣いてないとあやしながら、先刻の「島村っち」によく似た赤褐色の瞳の「島村」を思い出していた。 ――そうね。「島村っち」が相手なら勝ち目はないかもしれないけど、さっきの島村くんなら、あるいは・・・
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