「悩むのもきっと」
ジョーからデートに誘われた。 だって、どうしよう。 ああもう、本当にどうしよう!? 何を着ていけばいいの? 戦闘にかまけて、女の子であることをずいぶんさぼっていたと改めて気付いた。 視界が滲む。 と。 ドアの外から声をかけられた。ジョーだった。 ジョーが私の視線を追って、部屋の惨状を認め目を丸くした。 「ええ、まあそんなところかしら」 そうして何か言いたそうに、でも言い出せずにいるみたいな。 「・・・どうかしたの?」 何かあるのだろうか。 なんだ。私ったら、ばかみたい。 「・・・あのさ」 *** それは、そこに生命があるという証。 だって私たちは、きっと――闘っている中でも、こういう幸せを見つけていけるから。 同じくらい、幸せなんだもの。 ジョーは私の手をぎゅうっと握り締めた。 *** 「・・・ねぇ、ジョー?」 前言撤回。 でもそれは・・・嬉しい悩み。 そんな風に悩むのもきっと幸せなことなのだから。
ええ、たぶん「デート」といっていいのだろう。
いつもの買い出しとは明らかに違うのだから。
で・・・
どうしよう。
私は途方に暮れて立ち尽くしていた。部屋の真ん中に。
急にデートといわれても困る。
たぶん、ジョーにとってはなんてことない事なのかもしれないけど、私には違う。
可愛らしくワンピースかしら。でも、いかにもっていう気負ったように見えるかもしれない。
でも、だからといっていつもの格好は嫌だし。
それに、そう・・・いったい何処に行くの?
屋外なら、活動的な装いのほうがいいだろうし、屋内なら女の子らしさを出してみたい。
だっていつも戦闘服だから。
靴はやっぱり華奢なヒールのがいいかしら。
でも最近履いてないから、足を痛めるかもしれない。転んだりしたらサイアクだ。
ああ、それにバッグは?
それから、メイクも!
戦う前の私だったら、こんなにあれこれ迷わずにいられたかもしれない。
私は床に座り込んだ。
だって、もう何もかも間に合わない。
今から買い物に行ったって・・・
私は目を拭うと立ち上がってドアを細く開けた。
「フランソワーズ、いま時間ある?」
「え?ええ・・・」
「あれ?衣替えか何か?」
「そうか。じゃあ忙しいよね」
もしかして、明日のデートをやっぱりやめる・・・とか?
その可能性に気付いて、私は少なからず落ち込んだ。
さまよっていたジョーの目がこちらを向く。
「一緒に来て欲しいんだけど」
「えっ?」
・・・やっぱり事件なのね。
そんな時でもないとジョーがやって来るわけがないもの。
「うん。行こう」
何かを決意したみたいにひとつ頷くと、ジョーは私の手首を掴んで部屋から引っ張り出した。
どこに行くのだろう。
ジョーの車に乗せられて。二人とも普段着で。だから戦闘ではないのだろう。
でも・・・だったらどうして?
「ん。着いたよ」
小高い丘の上だった。眼下に海と街並みが見える。
「ここ・・・どこ?」
「この前偶然見つけたんだ」
答えになってない。
ジョーを見ると、彼もこちらを見ていて目が合ってしまった。
優しい赤褐色の瞳。
「・・・見せたくて、さ」
「何を?」
「夕陽」
「夕陽?」
だってそんなの、ギルモア邸からも見えるのに。
「・・・沈んだ後」
ジョーはまっすぐ前を向いた。だから私も彼と同じ方を見る。
オレンジ色に包まれていた街が、太陽が沈むとともに暗くなってゆく。
「・・・ジョー?」
私は彼が何を見せたいのだろうと声をかけた。が、ジョーは見て、と眼下を指差した。
薄闇に包まれた街に、少しずつ光の点が広がってゆく。
小さい光だけれど、強くてそして温かい。
「・・・フランソワーズと一緒に見たくなって。でも本当は、明日連れて来るつもりだったんだよ?だけど天気予報で明日は雨だっていうから、だったら今日しかないな、って」
照れているのか妙に早口で話すジョー。
――これも「デート」なんだわ。
いつもより口数の多いジョー。
私はそんな彼を見ているうちに、デートだから、ってあれこれ思い悩んでいた自分がとてもちっぽけに思えてきた。きっとジョーは、何を着てどんな姿であっても関係ないのだろう。
自分が自分である限り。私が私である限り。
そしてそれは嬉しいことなのだ。たぶん。
「・・・闘っている時は、いったい何のために闘っているんだろうって思うこともあるけど、きっと、こういう当たり前の毎日を過ごすために闘っているんだ、って」
「・・・そうね」
この眼下に見える街のひとたちが、私たちの闘いを知らなくてもいい。
むしろ、知らないで居て欲しい。
だから、不運でもなければ不幸でもない。
私はジョーの手にそっと触れた。
「うん?」
既に周りは闇に包まれていた。
車内のジョーの顔もはっきりとは見えないくらい。
だから、それに紛れて訊いてしまおう。
「これで、明日のデートはナシ?」
「えっ、何で」
「だって、この景色を見せたかったんでしょう?」
「そうだけど、でもっ、こんなんじゃ全然駄目だよ!」
手を握るジョーの手に力がこもる。
「・・・全然、短いじゃないか」
「何が?」
「一緒にいる時間」
怒っているような拗ねているようなジョーの声が、胸に熱く響く。
「・・・もっと一緒にいたいのにさ」
私はジョーの手を握り返した。
「ふふっ。おんなじ、ね?」
やっぱり今夜は明日着て行く服に悩みそう。