「手のひらで押さえた唇」
「――触らないで」 冷たい声とともに唇にあてられた冷たい手。そのまま距離を置くように押された。ので、ジョーは不本意ながら一歩後ずさった。 「ふら」 ちらりと冷たい一瞥をくれたあと、彼女は――フランソワーズは黄色いマフラーをふわりと翻し、彼を後にして行ってしまった。一度も振り返らずに。 意味がわからないまま独り残されたジョーは、ただ呆然と立ち尽くしていた。 フランソワーズが彼のキスを拒むなど、今まで一度だってなかったのだから。 「触らないで、か・・・」 自分の手を見つめ、拳をつくる。
もしかしたら、自業自得と言うヤツなのかもしれない。 今日の自分の行動を振り返るとその言葉しか浮かんでこなかった。 ――触らないで。 来ないで。 何故、拒否されたのかわからない。 フランソワーズが怒っているのは、もしかしたら―― ただのヤキモチなら簡単だった。 ――だとすれば、どう言い訳しても自分が悪いんだろうなとジョーは思った。
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ジョーなんか嫌い。 どうして断れないの? なのに、バカ正直に・・・ 自分に好意以上のものを持っている異性と一日一緒に過ごすなんて、迂闊にもほどがある。相手に気をもたせるのはもちろん、誤解されても不思議ではない状況である。 それをきちんと断らない。――どうして? 私というものがありながら。そう思うと、更にふつふつと怒りが湧いてくるのだった。 私のことをまったく考えてくれてない。「泣かせたくない」とか「守る」とか、口先ばっかり。それをウットリ聞いていた私も私だけど。 ――泣くもんか。ジョーのためになんか、絶対に泣かない。
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「フランソワーズ!」 いきなり目の前に出現したそのひとは――いったん彼女に手を伸ばしかけ、数瞬の逡巡の後に引っ込めた。辛そうに。 「――何よ」 挑戦的なフランソワーズの視線と声に一瞬怯んだかのように言葉を発さないジョー。 「――ごめん」 「何が?」 取り付く島も無いというのはこういうことを言うのだろうか。 「ごめん」 ともかく、同じ言葉を繰り返す。 「――嫌いよ」 「ジョーなんか・・・嫌い」 きつい視線。冷たい蒼い瞳。 「来ないでって言ったでしょう?」 冷たく突き放すように言うと、そのままジョーの横を通り過ぎた。彼のことなど見えないかのように。 「フランソワーズ」 「待って」 再び、呆然と彼女の後ろ姿を見送る。それしかできなかった。 しばし考えていると、数十メートル先を行っていたフランソワーズが足を止めた。 そして。 「・・・どうして追いかけて来ないのよ」 「え?」 「え、ばかって・・・」 状況を把握できず、彼女の言葉を繰り返すだけの彼に焦れたのか、完全にこちらに向き直って更に言う。 「ジョーなんか嫌い!」 その瞬間、ジョーはいま一度奥歯を噛み締めた。
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「そんなに何度も嫌いって言うなよ。僕だって傷つくんだぞ」 「離して」 「イヤだ」 「触らないで」 「イヤだ」 「嫌いよっ」 「わかってる」 「・・・」 「それから?」 「・・・・・・・・・・・・・・嫌い」 「さっき聞いた。それから?」 「・・・ズルイわ」 「そうだね。・・・それから?」 「・・・・・・・嫌い」 「わかってる」 「本当に嫌いよ」 「うん」 「――バカ」 「ごめん」 「でも・・・」 「うん?」
好き。
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