「あなたに夢中」
別にからかったわけじゃないのに。
私はその時のジョーの顔を思い出して少し笑った。
そう・・・別にからかったわけじゃないわ。
本当のことを言っただけなのに。
***
「・・・そうね。私って意外と一途なのよ。だから、これと思ったらそれしか見えなくなっちゃう」
「ふうん。そうなんだ」
「そう。――だから、好きな人もそうなの。その人だけになっちゃうの」
そう言ったら、ちょっと嬉しそうに頬が緩んだから、なんだか意地悪を言ってみたくなった。
「だから、もし他に好きなひとができたら、あっという間にそのひとしか見えなくなってしまうわね、きっと」
「他に好きなひと?」
ぎょっとしたように目を見開くジョー。
「そんなひといるの、フランソワーズ」
「さあ?どうかしら。私にとってはそのひとしか見えないから、わからないわ」
「・・・そのひとしか見えない、って」
「世界にそのひとしかいないみたいになっちゃうの」
くすりと笑った私をどう思ったのか、ジョーは突然腰を上げた。
「どこ行くの?」
「散歩っ」
***
その時のジョーの顔は、どこか拗ねたような怒ったような、妙な顔だった。
部屋を出て行くときにポツリと言った声が私に聞こえていたなんて思ってないに違いない。
「ほかのひとだって?・・・冗談じゃない」
ばかなんだから。
もう。
最後まで聞いてくれたらいいのに。
***
小一時間の散歩から帰って来たジョーを玄関で迎える。
「おかえりなさい。どこに行ってたの?」
「・・・そのへん」
「そう。・・・ねぇ、ジョー?」
無言ですれ違うジョーに声をかけると、不機嫌そうに振り返った。
目はまだ拗ねているような怒っているようなどちらともつかない色を湛えていた。
「何?」
「私ね。夢中になるとそのひとしか見えなくなっちゃうの」
「さっき聞いたよ。それが何?」
険を含んだ声で低く答えてから、ジョーは前髪で表情を隠して続けた。
「・・・いつ僕じゃなくなるかと心配になる」
そいつしか見えなくなるんだろ、と吐き出すように続ける。
もうっ・・・ばかなんだから。
私はそっと彼の前髪を指先で除けた。
赤褐色の瞳が怒ったみたいにこちらを見ている。
「だから、ちゃんとつかまえていてね」
「え?」
「・・・私が余所見なんかしないように」
凄く凄く好きだけど。
でも、ちゃんとつかまえていてくれないと・・・自信がないの。
もしもいつか、他に好きなひとができたらどうしよう・・・って。
今はジョーしか見えないけれど、いつか他の誰かを見るようになってしまうのだろうかって怖くなる。
だから。
曖昧な態度はイヤ。
ちゃんとつかまえていて。
気まずそうなグレートの咳払いが聞こえるまで、私たちはお互いから離れなかった。