「キッチンでの出来事」
「あらジョー、おはよう」 「いまスープを温めるから、ちょっと待ってね」 ジョーはまだ眠いのか、ぼんやりとどうでもよさそうに答えるとそのままフランソワーズのそばにやってきた。 「フランソワーズ」 くるりと振り返ったフランソワーズは、思いのほか近くにいたジョーに驚いた。 「ジョー、あの」 近くで見ると、ジョーの目が赤かった。 「……寝てないの?」 そのつもりで見れば、何か思い悩んでいるようにも感じられる。 「どうしたの」 思わず勢い込んでしまう。 「ね。何があったの」 両手を彼の腕にかけ、顔を覗き込む。 「う、うん……その、フランソワーズにしかできないことなんだけど」 その一言にフランソワーズは緊張した。 「何でも言って」 思いつめたように言うから、フランソワーズは更に気を引き締めた。 「わかったわ」 ジョーは真剣な瞳でフランソワーズを見た。 フランソワーズも負けずに真剣な瞳でジョーを見た。 キッチンに緊張が走った。 ミネラルウォーターを求めてやって来たピュンマも中に入れない。 「僕の女になってくれ」 ジョーの瞳は真剣だ。 フランソワーズが答えようと息を吸い込んだ時。 スープが鍋から吹きこぼれた。 *** ピュンマがミネラルウォーターを手にリビングにやってきた。 ニヤニヤしているのを見逃すハインリヒではない。 「ああ、いやあちょっとね」 もちろん、それだけではなかったのだけど。
朝八時。
キッチンにふらりと現れたジョーにフランソワーズはふんわり微笑んだ。
彼が自分から起きてくるのは珍しい。
お腹が空いたのだろうか。
「うん……」
「なあに?」
「ちょっとその……お願いがあるんだけど」
「なにかしら」
まるで一晩眠っていないみたいに。
「え。あ」
微かに見える眉間の皺。
引き結んだ口許。
ジョーがこんな顔をするなんてタダゴトではないのだ。
「わかったわ」
「他のひとじゃダメなんだ」
他の誰かではダメで、自分にしかできない――それは、目と耳を遣う任務に違いない。
「うん。――あ、でも、嫌ならちゃんとそう言って欲しいんだ。我慢とかしないで」
ジョーがそこまで言うからには、きっとかなり厳しい任務なのだろう。
そしておそらく、そのことを考えて彼は一晩眠らなかった。
そのくらい彼を悩ませるような厳しい任務とは一体……?
「嫌ならちゃんとそう言うんだよ。いい?」
「ええ」
「我慢しないで」
「約束するわ」
「フランソワーズ」
「はい」
スープのぐつぐついう音が響く。
「よお、どうした」
「キッチンで何かあったか」
「スープが吹きこぼれて大騒ぎさ」
「そうか」
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