@ 2015年 新年の目標
「フランソワーズ、大丈夫?」
心配そうな声にはっとして目を開けた。
目の前には赤褐色の瞳。
「大丈夫って…」
何が?
と、言おうとして気がついた。
泣いていたことに。
ううん。
正確には違う。涙を流していた…が、正しい。
それが泣いていたせいなのかどうかはわからない。だって私、実は眠っていたみたいだから。
だからもしかしたら、なにか夢を見ていてそれで泣いていたのかもしれないし、全然関係ないただの生理現象かもしれない。
…でも。
それはジョーには言えない。何故ならば。
「痛かった?ごめんね」
「あ、ううん、大丈夫…」
それでもジョーは凄く反省した顔をして動きを止めて腰を引いた。
そう。
実はいま、私たちは繋がっている。
だからジョーは、私が痛がって泣いたと思っているわけ。
…まさか、眠ってしまって夢を見て泣いた…なんて、言えるわけがない。
「大丈夫よ、ジョー」
痛くないわと優しく言って、ジョーを抱きしめた。彼の腰に足を絡ませ引き寄せる。
ジョーはまだ心配そうだったけれど、再び深く入り込んできた。
「辛かったら言うんだよ、フランソワーズ」
「ええ、そうするわ」
そうなんだけど。
確かにある意味辛いのは辛い。けど、ちょっと意味が違う。
だってこれ、なんていうかその。
ねえ、ジョー。
これって耐久レースじゃないわよね?
確かレースで何時間走り続けるのとかあったと思うけど、まさかそれをこれで再現してるんじゃないわよね?
…って、言いたいけれど言えない。
だってジョーは限りなく素直に真っ直ぐに取り組んでいるから。
今年の目標なんですって。
一緒にいくのが。
そんなのね、小説や映画じゃないんだから幻想でしかないのよっていっても聞かない。
あんまり言うと、なんでフランソワーズはそんなことわかるのってあらぬ誤解を受けそうだから、あまり強くは言えないし。
でも。
ねえ、ジョー。
している最中に疲れて眠っちゃうの、気づいてくれないかしら。
ああでも、もちろん、感じていないわけじゃないのよ。
でもね。ちょっと休憩して、いったん抜いてくれないかしらなんて思ったりもしているの。
一生懸命なのわかるし、その一生懸命さは私に対する愛情からきているのもわかってる。
更に言うと、そんなジョーが凄く愛しくもあるんだけど。
「ねえ、ジョー」
「ん、…なに?」
ジョーの汗が滴り落ちる。きらきらした瞳。真剣な表情。
ああもう。
いま、確かにジョーは私のことしか考えていない。
きっと、世界の平和や正義なんかどうでもいいに違いない。
そして、それが凄く嬉しい。
だから。
「頑張りましょうね」
「フランソワーズは頑張らなくていいんだよ。頑張るのは僕」
そんな感じの新年幕開けだった。
**
2015年の途中経過
A Try again
「はぁっ…」
だめだ。
なんだかうまくいかない。
ジョーは唇を噛むと仰向けに寝転がった。
ぼうっと天井を見る。
決して満足していないわけじゃないし、満足させてないわけでもない。
ただ何というか…なかなか思うようにいかない。こうあったらいいなと思うようにならない。
理想とは違う現実に対処できない己の無力さにジョーは打ちのめされていた。
左腕で両目を覆う。なんだか泣きそうだ。
不甲斐なくて。
情けなくて。
悔しくて。
でも、どうにもならなくて。
大好きなのに。
大切に思うのに。
思えば思うほどうまくいかない。
これはそういうものなのか。
世間の皆はそれを甘受しているのだろうか。
ならば自分が理想としているものは、実現不可能なものなのか。
いや。
そんなことはあるまい。
しかしそう思いつつも、こうしてうまくいかないのだから、あるいはそれが真実なのかもしれないと思ってみたりもする。
所詮は見果てぬ夢なのかもしれない。
「ジョー」
右腕にくっついていた柔らかいものが優しく名を呼んだ。
しかしジョーは答えない。
「ジョー…泣いてるの」
泣いてない、とジョーは首を左右に振った。
泣きたくなってはいるけれど泣いてはいない。まだ。
「ジョーォ。顔見せて」
そっと腕を除けられ、前髪をかきあげられ、目と目があった。
「…フランソワーズ…」
「ふふっ」
フランソワーズの髪が素肌にくすぐったい。
「落ち込まないで」
「でも…」
「ジョー」
フランソワーズがジョーの頬に唇をつけ、そのまま彼の胸に寄り添った。
「いいじゃない。五回に一回は一緒にいけるようになったんだから…」
「う、うん…」
でも。
フランソワーズの髪を撫でながら、ジョーは天井を見つめていた。
僕は全部、一緒にいきたいんだ。
大好きだから。
大事だから。
だからこそ。
もっともっと頑張って、フランソワーズと二人で幸せな気持ちになりたい。
うん。
落ち込んでいる場合じゃない。
なんだか気持ちが上向いた。と同時に復活の兆しを感じた。
「ね、フランソワーズ…」
しかしフランソワーズは既に眠ってしまっていた。さすがに六回目は難しいようだ。
が、しかし。
今ならもしかしたら確率を上げられるかもしれない。六回に二回なら、三割ではないか。
「フランソワーズ…」
「ん…」
「しようよ」
「え…、また?」
「うん。頑張るから」
「頑張る、って…」
至近距離で見つめ合って。
「んもうっ…しょうがないわね」
くすくす笑い合うとぎゅうっと互いを抱き締めた。
「そんな目でおねだりされたら」
断れないでしょ…というフランソワーズの言葉はジョーの熱さで溶けて消えた。
B Lets
try
で結局、6分の1だった件について僕はどう弁明すればいいのだろうか。
朝になり、目を覚ましたら既にフランソワーズの姿はなかった。
朝食の準備のためなのか、あるいはこれ以上ジョーにねだられたらたまらないと逃亡したのか理由は謎だ。
ともかく一人寝だったから、ジョーは大きく伸びをした。
そして、改めて天井を見つめ…昨夜から未明までのことを反芻したのだった。
自信があったのに。なのになぜかうまくいかなかった。
いや、うまくいったのはいったのだ。互いに不満などなかったのだから。
つまり、理想通りにならなかった…だけのこと。
いったい、何が足りないのだろう。
ジョーはじっと天井を見ながらひとり反省会を開催していた。なにしろ、3分の1の確率になるはずが6分の1だったのだ。
ならば、最初に2分の1になった段階でやめておけばよかったのだろう。数字だけを重視するのであれば。
だが。
相手がフランソワーズで、二回で終わらせるなどジョーにとっては拷問のように思えた。
しかし。
もしかしたら、回数をこなすのが良くないのだろうかとも思う。
回数よりも内容なのかもしれない。
だとすると、自分は…いれるのが早すぎる?いれてからが早すぎる?
あるいは逆に、いれるまでが長すぎるかいれてからが長いのか。
更に言うと、そもそも一回に要する時間が短いのか。
しかし、だからといってどのくらいの時間が適正なのか正解なんてあるのだろうか。
一瞬、「僕は彼女とする時、一緒にいくのが理想なのですがなかなかうまくいきません。どうしたら良いですか」と
ネットのなんでも相談室に相談してみようかと頭をよぎった。
が、「それはひとそれぞれですよ」的な回答が容易に浮かび、それはそうだよなと思い留まった。
そう、たぶん正解なんてない。試行錯誤をしていくしかないのだ。
となると…やっぱり回数をこなすしかないのか…と、回り回って出発点に戻ったところで反省会を終了した。
さて起きるかと身体を起こしたら、まるでタイミングをはかっていたかのようにフランソワーズがやって来た。
「おはよう、ジョー」
「おはよう、フランソワーズ」
フランソワーズから鼻先におはようのキス。ふわりとメープルシロップの香り。
「今日も暑そうよ。ほら、いい天気」
カーテンと窓を開けてフランソワーズが言い放つ。
「ジョー?また何か考えこんでる…?」
「いや、そんなことないよ」
「そう?」
窓辺に行っていたフランソワーズがジョーの元に戻り、至近距離からじっと見つめた。
「ねえ、ジョー。私、思うんだけど…」
思わせぶりに声を潜め、ジョーの耳に唇を寄せる。
「私がいきそうになった時にジョーが合わせたら簡単なんじゃないかしら?いつもみたいに我慢しないで」
「えっ…」
「たぶん、我慢しすぎてるし、考えすぎてるんじゃないかな…って」
思うんだけど、と頬を染めた。
「いやでも、うっかり僕が先にいったら」
今までそういうのが多々あったから、気を付けるようになったのだ。
「んー、たぶんもう大丈夫だと思うわ」
「たぶん、って…」
それでは困るのだ。
しかしフランソワーズは謎めいた笑みを浮かべるばかりで何も言わない。
だったら。
「じゃあ、それで試してみる」
「え?やっ、ちょ、ジョー、それ、今じゃな」
***
C 2016年 新年の目標
「んっ……」
体が熱い。
世界が揺れる。
「ん、ふらんそわ…ず…」
ジョーが名前を呼ぶ。限界が近いということだ。
でも、教えられなくても大丈夫。私ももう既に限界なのだから。
「だめ、ジョー、私もう――」
「んんっ」
お互いに声に出した瞬間。
ぎゅっと抱き締めあって、私とジョーはひとつになった。
**
「はぁ……まだまだだなあ……」
「あら、何が?」
鼓動が落ち着いて体を離してしばらくしてから。
ジョーが天井を見ながら小さく呟いた。でも聞き逃さない。だって、ボク反省してます感が漂っているから。
「いったい何を反省しているの?ん?」
言ってごらんなさいと鼻を指先でつつく。
「うん……フランソワーズに迷惑かけてるなって」
「迷惑?私に?」
「うん」
いったい何の事?
「去年よりはだいぶマシになったけど、それでもマシって程度で完璧にはほど遠い……」
「えっと……?」
だからいったい何の事?
「きっと僕の力が足りてないんだ。だからフランソワーズに迷惑かけるっていうか申し訳なくて」
私はぜんぜん何の話かわからなかったから、ただ首を傾げてジョーをじっと見るしかなかった。
ジョーはそんな私を置いてきぼりにしつつ続けた。
「いい加減、フランソワーズに愛想つかされてもしょうがない。――そうだよね、もともと僕なんてフランソワーズに釣り合わないんだし」
「ちょっとジョー?」
「そりゃ圧倒的に僕の経験値が低いのはわかってるよ。でも、だからって他のひとで経験を積むのは絶対に嫌だし」
「あの、ジョー?」
「かといってフランソワーズを毎回付きあわせてたらそれはやっぱり辛いよね」
「えっと、」
「ゴメン。不甲斐なくて」
なんだか涙声になったので、私はため息をつくとジョーの鼻先にキスをした。
「もう。いったい何の話なの?」
「うん……」
「うんじゃなくて」
前髪の奥に逃げそうになったから、慌てて彼の髪をかき上げる。額全開、両目ばっちり。逃がさないわよ。
「その」
「ええ」
「去年の目標があったんだ」
「目標?」
「うん……」
「まあ。それが達成できたかどうかっていう反省会をしてるの?」
「うん……」
私はジョーをぎゅうっと抱き締めた。
「もう。どんな目標か知らないけど、ジョーは一年ずっと頑張っていたわ。いつも」
「……そうかな」
「そうよ。いつも一生懸命でまっすぐで。完璧って何を指すのか知らないけれど、ジョーの目標って絶対に達成しなきゃいけないものなの?」
「うん……」
「いったいどんな目標だっていうの?私からみたら、ジョーは自分に対する点が辛いわ」
「……そうかな」
「そうよ。言ってみて。何を目標にしてるの」
「うん――その。フランソワーズと」
「あら。私も含まれているの」
「そうなんだ。……その。フランソワーズと一緒に」
「なあに?一緒にすること?」
「うん。フランソワーズと一緒じゃないとできない」
「ヤダ、だったら去年のうちに言ってくれなくちゃ駄目じゃない。そんな楽しそうな目標に向かって、私だって頑張りたかったわ」
「言ったよ、去年」
「えっ?」
「フランソワーズはため息ついてたけど」
「……ため息?」
なんだか胸の奥に引っかかるものがあったので、ちょっと黙って考える。
ジョーと一緒にすることで――頑張ったけれどまだまだとジョーが言うもの……って、いったい……。
「毎回、一緒にいきたかったんだけど、はあ……まだまだだなぁ」
「いくってどこに?」
「えっ?」
「えっ?」
びっくりした目のジョーとしばし見合って。
「いやその、」
逸らしたのはジョーのほう。頬を赤くして口のなかでごにょごにょ言っている。
「なあに?違うの?」
「そのいくじゃなくて」
「え?」
「その……」
そのいくじゃなくて、って――あ。ヤダもう!
「んもうっ、ジョーったら」
そうね。知ってたわ確かに。去年聞いたような気がする。私と一緒にいくのが目標なんだ、って。
でもそんな目標なんて、とっくに……
「達成したじゃない」
「え?」
「一緒にいけるようになったでしょ?」
もう。女の子に言わせないで。
「でも毎回ってわけじゃないから」
「――あのね、ジョー」
そんなの、主観的なものでしょう?
私はそんなの気にしないわ。
でもジョーは凄くこだわっているみたい――というか、絶対そうじゃなくちゃいけないものだと思っている節がある。
それはそういうものじゃないのよと教えるのは簡単だけど。
だけどそれを言ったらまるで、私が経験豊富なおねえさんみたいになってしまう。
そんな誤解をされたくはない。だって私の経験なんて、そんなの。
だから私は深呼吸をするとジョーの額に額をくっつけた。
「わかったわ。じゃあ、今年の目標にしましょう、ソレ」
「――え?」
「毎回一緒にいけるようにする、って」
「でも僕に問題があるなら」
「そんなわけないでしょう。こういうのは二人で頑張るのよ。一緒に」
まあ、頑張るものでもないのだけど。
「一緒に?」
「そう。ジョーだけ頑張っても空回りなの。私とジョーと一緒に気持ちよくなって楽しくならなくちゃ駄目」
「楽しく…」
「ジョーは楽しくないの?辛いの?私とするの」
わざと悲しそうに言ってみると、ジョーは慌てて身体を起こし私を抱き締めた。
「嬉しいよ、すごくっ」
ふふ。楽しい、じゃなくて嬉しいですって。
もう。
だからジョーって。
「私も嬉しいのよ?だからひとりで反省なんてしないで。まだまだだなんて言わないで。悲しくなるわ」
「うん。もう言わない。ごめんね」
そうしてジョーは私の首筋に唇をつけるとそのまま私を組み伏せた。
ジョーが復活するのは早い。
「フランソワーズ、もう一回…」
そうね。最近は数回揺らされただけで終わってしまうなんてこともなくなった。
だからたぶん、目標達成できるのはすぐだろう。一生懸命なジョーだから。
私はそんなジョーが愛おしくて仕方ない。
「あれ――凄い、濡れてるよフランソワーズ」
「そう?」
「うん……さっきより……なんで?」
「ジョーが一生懸命だからじゃない?」
「え。僕のせい?」
「ええ。ジョーのせい」
すると凄く嬉しそうに笑って――いっきに侵入してきた。きつい。
もうっ。
だからそういうトコロがたぶんイケナイところじゃないかと思うのよ?
……でもまあ。
「――もっと声出して。聞きたい……っ」
きつくて辛いんだけどそれが気持ちいい――なんて、恥ずかしくて言えない。
でもジョーには私の声でわかってしまう。
ああもう。
何も――考えられない……
ね、ジョー?
一緒に毎回いくようになるのなんて、きっとたぶんすぐだと思うわ。