「不機嫌の理由」
くす。 思わず笑ってしまった。 「なに笑ってるんだよ」 すぐに投げつけられる言葉と強い視線。 「笑ってないわよ、べつに」 そう言うと、今度は舌打ちの音が聞こえた。 「ジョー。お行儀が悪いわ」 私の手を振り払うように腕を動かす。 「俺に、さ・わ・る・な!」 手を引っ込めた私の鼻先に人差し指を向けて、凄むようにひとことずつ区切って言う。 「あ。『俺』って言った」 こちらも人差し指を彼に向けて言う。 「触んなって言っただろ」 慌てて手を引き、ふいっと横を向いてしまう。 「ジョー。言葉遣いが悪いわ。それじゃ不良よ?」 身体ごと向こうを向いてしまう。なので、私は仕方なくぐるりと彼の正面に回り込むしかなかった。 「ジョーってば」 その表情を見て、思わず噴き出してしまった。 先刻からその繰り返しだった。
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ここはドルフィン号のデッキ。 「俺は怒ってるんだからな」 フンと鼻を鳴らして威張ったように言う。 「ハイハイ。怒ってるのよね?」 彼の機嫌は良くなるドコロか、ますます悪くなってゆく。 「ゴメンネ?」 言って、そうっとジョーの髪に触れる。 「触んなって言ってるだろ!」 両膝を抱え、その膝頭に額をのせて、完全に――彼のお得意のポーズ。 「ジョー?」 反応がない。 「私のジョー?」 すると、かすかにぴくりと彼の肩が動いた。 「あ。――ホラ、もう。おでこに痕がついてるじゃない」 防護服の繊維の痕が彼の額にくっきりとうつっていた。 「――僕の」 あら、『僕』に戻ったわ。 「僕のフランソワーズ?」 見つめてくる一組の褐色の瞳には、ついさっきまでの睨むような強さは全くなくて、むしろ・・・ 思わず笑ってしまう。 「あ、もうっ。ジョーってば」 それでもこちらを見ようとはしない。 本当に、ジョーったら。 私は自分の中に湧き上がってくる愛しい気持ちを抑えられなかった。 大好き。 どこをどうしたら、この想いを全部残らず彼に伝える事ができるだろう。 「ジョー。こっち向いて」 けれども、そっぽを向いたまま何も言わない。 「もうっ・・・」 だけど、その横顔も好き。 ・・・食べちゃおうかしら。 じっと見つめていると、ちらりと目だけこちらを見た。様子を窺うように。 「ジョー?」 呼んでも答えないから、私は彼の頭をそのまま胸にぎゅうっと抱き締めた。 「!ん!ふら」 じたばたもがくけれど、本気を出してない009の力なんて簡単にねじふせられる。 「ジョー?」 けれども、呼んでもやっぱり答えてはくれなかった。
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ジョーの不機嫌の理由は私だ。 それでも、彼と私がずうっと一緒にいるのは気に入らなかったらしく、ジョーはしばらくの不機嫌ののち――拗ねた。彼が故国に帰って行っても、素直にならないジョーはずうっと不機嫌を押し通した。 不機嫌なジョー。 でも私は、そんなジョーとふたりきりになれた事が、実はとっても嬉しかった。
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「・・・フランソワーズ」 くぐもった声が胸元から聞こえる。 「・・・ジョー?」 彼の髪を撫でてから、音をたてて頭のてっぺんにキスを送る。 「!なっ・・・フランソワーズ」 ジョーは何かを言ったようだけど聞こえなかった。本当に、かわいいひと。 「フランソワーズ、いい加減離して」 結局、黙る。 「ジョー?」 あくまでもこっちを見ない。 「もうっ・・・顔が見たいの!こっちを向いて?」 彼の頭を離し、両手で頬を挟んで無理矢理こちらを向かせる。 「・・・いい加減、その膨れっ面をやめていつものジョーに戻って」 もうっ。 「ジョーったら。――そんな顔してたら、食べちゃうわよ?」 そうして私は彼をひとくち食べる事にしたのだった。 「ん!ふらんそ」 一瞬、逃げようと顔をそむけたものの、すぐに大人しくなった。 ――素直じゃないんだから。 ヤキモチやきの、愛しいひと。
こんなに妬いてくれるなんて――私は幸せよ?ジョー。
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