「僕のだよ」
〜ジョーの誕生日 2008〜
ジョーのお誕生日まで一週間。 ・・・困った。 だって、何をしよう? 何を準備したらいい? ――毎年、どうしていたんだっけ・・・? *** 「――ねぇ。みんなカレシのお誕生日ってどうしてるの?」 バレエのレッスンのあと、みんなでお茶をしていた。 「なに?フランソワーズのカレシ、お誕生日なの?」 紅茶をひとくち飲みながら、みんなの顔を見回してみる。 「――カレシの誕生日っていったら、そんなの決まってるでしょー!」 両脇から肘でつつかれる。 「決まってる、って・・・?」 ・・・・自分・・・・。 「じ、じぶんっ???」 ぷうっと頬を膨らませ、反撃に出る。が。 「してるわよ?当たり前でしょ?――ねぇ?」 反撃は不発に終わった。 周囲の者もみんなうんうんと頷いている。 ちょっと待ってよ――本当に?? 「フランソワーズは目が蒼いんだから、蒼いリボンなんか素敵よきっと」 今にも席を立ちそうな勢いなのだった。 「ちょ、ちょっと待ってよ――」 *** 絶対、騙されてる。 ギルモア邸までの長い坂を上りながら、さっきまでの会話を反芻してみる。 絶対に、嘘なんだから! ――右手には、蒼いリボンの入った紙袋を提げて。 「――ああっ!!もうっ。一体何やってんのよ!」 その日の深夜である。 「ん、もう・・・何かあったのかしら」 画面に映っているのはF1・トルコグランプリの予選だった。 「どうしたんでしょう・・・って、ほんと、どうしたんでしょう?よっ」 ぶつぶつ言いながら、手元の携帯に目を落とす。 電話――くるだろうか? そんなわけはなかった。 「別に落ち込んでいるわけじゃない・・・か」 息をついて、ソファの背もたれに寄りかかる。コーヒーでも淹れて気を落ち着けようか・・・と思い、立ち上がろうとした時、テレビ画面はジョーのインタビューに切り替わった。 『今日の結果をどう受け止めますか』 ここまでの遣り取りで、インタビュアーの顔も見ていなければ、カメラも見ていない。どこか別の方を向いて仕方なく――といった風情で答えている。 「ジョーったら。態度悪いわよ?」 と要らぬ心配なぞしてみる。 『明日の本戦はどう戦いますか?』 ポツリとそう言って、さっさと彼らを後にする姿だけが映像に残った。機嫌が悪いというより――最悪だった。それがまだ国際映像ではないだけ救いがあったが、それでも日本のF1ファンは見ているわけで・・・ 「もうっ。もうちょっと愛想よくできないのかしら?」 確かに、彼らしくない走りだった。いつもはコースを読み切って危なげないハンドルさばきでロスなどないのに。 「・・・何か、あったのかな」 電話してみようか? でも――何て? 慰める・・・というのも変だし。頑張れっていうのも変だし。だって、彼が頑張っていないわけはないのだから。 本当に――何かあったのだろうか? *** 「――くそっ」 乱暴にドアを閉め、持っていた荷物を床に叩きつけるように放り出す。 この俺が、ノックアウト?――17番手だと? 順位を見た時、何かの冗談かと思った。 マシンは最高のコンディションだった。セッティングも上手くいった。だから、何が原因かと問われれば、それは自分のドライビングテクニック以外に他ならなかった。トラクションコントロールが全面禁止になった今季から、ドライバーの腕が如実に現れる。だからむしろ、それはジョーにとって有利な条件だったのだけれども。 確かに今日の俺は・・・ 素人かと思うような散々なデキだった。 なぜこうなってしまったのか? ――イケる。 そう思った。 しばし目を瞑り――考える。 ――やはり・・・アレか。 それしか原因は考えられなかった。が、その程度のことで動揺する自分が情けなくもあった。 いや。 そう思わなければ遣り切れなかった。 「ジョー、お久しぶり・・・会えて嬉しいわ」 目の前のひとを見つめ、声も出ない。 なぜ――ここにいる? 「――不思議そうね。スポンサーですもの、来てはいけない?」 それにしたって。 「公務の合間を縫って駆けつけたのに――どうして一言もおっしゃらないの?」 その視線と――周囲の視線を気にして、ますます言葉が出てこなかった。 「モータースポーツでは、巨額の金が動く。だから、スポンサーがいなくては――走ることもできない。違って?」 ちらりとジョーを見つめる。 「いまは特にその話で持ちきりでしょ・・・知らないとは言わせないわ」 言うわけがない。 「――スポンサーを怒らせないほうがいいわよ?・・・ハリケーン・ジョー?」 「――お久しぶりです・・・女王陛下」 しぶしぶといった風情で声を絞り出す。 「やだ。怖い顔。いつものように呼んでくださらなくっちゃ。――ね、ジョー?」 途端に焚かれるフラッシュ。その間合いを見計らって、ジョーの腕に寄り添うのはモナミ公国女王・キャサリン。 表敬訪問――と、いうよりは。 ジョーに会いにきた女王。 という図式だった。 *** 「一体どういうつもりだ、キャシー」 女王が二人で話をしたいというので――ドアの外にSPを立たせ、ジョーはひとり室内に残された。 「どういうつもり、って・・・自分のチームの応援に来てはいけない?」 きょとんとした顔で答えるキャサリンに見つめられ、ジョーは視線を逸らしため息をついた。 「――レース前だ。いくら今日はテスト走行のみとはいっても、明日は予選なんだ。そのセッティングとか色々――俺達は忙しいんだ」 暗にそう言ったつもりだった。 「だから、ちょこっと来ただけよ?何をピリピリしているの?」 「もうすぐお誕生日でしょう?――準備も整っているから、レースの後は我が国にいらして?」 「あら。言ってなかったかしら?今回のレースの後のセッティングは、うちで――モナミ公国で行う、って」 「そうねぇ・・・何日くらいだったかしら?――ともかく、次のレースまでのオーバーホールも兼ねて。でね、お誕生日だからちょうどいいわ、って」 にっこり微笑むその顔には――邪気は全く見つけられず、彼女の心からの気持ちに違いなかった。 「私ね、あなたと一緒にあなたのお誕生日をお祝いできるのがとても嬉しくて・・・」 そのまま、ジョーの腕に手をかけ、そっと胸に寄り添う。 *** キャシーの頬が自分の胸にくっつく前に、ジョーは身を退いていた。 「ジョー?」 驚いて傷ついたような瞳で見つめるキャシーにも注意を払わない。目を見ない。 「・・・冗談じゃない。勝手に決めるな」 低い声で言う。 「スポンサーだからって・・・何をしてもいいって思ったら大間違いだ」 「ジョー。・・・いったいどうしたっていうの?気に障ったのなら謝るわ。――そうね。主軸はあなたのお誕生日ですものね。公私混同したくない気持ちもわかるわ。そう・・・だったら、マシンの調整はお好きなところでしていいわ。だけど、あなたのお誕生日のお祝いはさせてもらいますからね?」 誕生日。 再び彼女の腕に捕えられて、ジョーは不本意ながら彼女を胸に抱くカタチになっていた。 「いいでしょ?ジョー、お願いよ」 可愛らしい甘えた声で、ジョーの胸元で囁き顔を見上げてくる。 ――彼女の目を見たらダメだ。 ジョーは見ない。 「ねぇ、いいって言って?」 キャシーは、俺の誕生日のことを――何一つ知らないんだ。だから、無邪気に祝いたいと言ってくる。 「ジョー?」 ジョーは再度、彼女の肩を押し遣った。 「・・・君は、本当の俺を知らないから」 「人を刺して鑑別所に入ったんでしょう?そして脱走した。鑑別所では――ケンカばっかりして、誰とも馴染まなかった、って」 ジョーが知らないことまで知っているようだった。 「それがどうかしたの?」 「――ともかく」 「俺は自分の誕生日なぞ誰にも祝って欲しくはない。――例えそれがモナミ公国の女王であってもだ」 *** それが昨日のことだった。 ――どうかしてる。 たったそれだけの事で、自分のコンディションに影響が出るなどと信じられなかった。 自分自身の触れられたくない瑕。 島村ジョーという個人に、永遠についてまわる瑕。 傷ならばいつかは癒える。けれど、瑕は。 いつもはちゃんと遣り過ごしていた。そこに瑕があることも忘れてしまうくらい、距離を置いて。 自分自身の瑕を自覚すると手の震えが止まらなくなった。 ――フランソワーズ―― 手を握って欲しかった。そうすれば震えは収まる。いつもそうだった。 自分の両手に顔を埋め、頭を抱きかかえる。 ――フランソワーズ。――僕は・・・ ・・・走れない。 どのくらいそうしていたのか。 手の震えは止まらない。 誕生日を祝う――あなたの生まれた日をお祝いしたいの――お誕生会を―― ぐるぐる回る言葉。 ――拾った日を誕生日にしよう――おめでとう――みんな誕生日があるのにどうして君には―― 気持ちが悪かった。 眩暈がした。 ぐるぐる回る部屋。 全てが歪んで、歪んで、そして―― ――もうすぐ僕も歪むのだろう。 *** 脇に放り出していた携帯が振動した。 メールがきていた。 開く。 ――文字を見ると眩暈は更に酷くなり――冷や汗が流れた。 「―――、」 ゆらゆら揺れる視界と格闘しながら、何とか文字を追い・・・そして。 コール1回で繋がった。 電話の向こうで息を呑む気配。 「――フランソワーズ?」 答えはない。 「――起きてるよね?」 「――驚いたわ」 やっと声が聞けた。 「驚いたって、何が?」 通話を終わらせようとする気配に焦る。 「備えなくても関係ない」 「――さっきのメール」 「そうじゃなくて・・・、そうなのかい?」 「聞こえてるよ」 「フランソワーズ?」 電話を切ったあと、さっきのメールを読み返す。 『今日の日本はすっごく寒くて、冬に逆戻りしちゃったみたいなの。 きっともう予選の放送があったはずで――観ていたのに違いない。そして不甲斐ない結果も目の当たりにしただろう。 いつの間にか眩暈は治まり――部屋の歪みもなくなっていた。 気分は完全ではなかったけれど、数段、良くなっていた。 ――そうだね、フランソワーズ。 6位だった。 なんとか入賞した。 ピットにはキャサリンが待っていた。 「ジョー、お疲れさま。――今日はこのあと」 さっさと更衣室に向かうジョーの表情はすっきりと晴れやかだった。 「――今日の便で帰るから」 さらりと笑顔で言うジョーを、周りのスタッフもにやにやと見つめている。 「帰る、って・・・だって、あなたはモナミで私と一緒に」 更衣室に向かう足は止めず。 「だって、あなたは約束」 一瞬、足を止めて。 「――してないよな?キャシー」 静かに言うジョーの表情は、キャサリンには見覚えがないものだった。 声もなくただ彼の顔を見つめているキャサリンを後にして、ジョーは更衣室に姿を消した。 *** レースが終わったら、すぐ日本に帰る。 これは今朝、ジョーがスタッフに願い出た事だった。 今日のレースでポイントを獲ること。 自身のコンディションが悪くとも、マシンの状態は最高だったから、「チームのために」勝ちが必要だった。 *** *** ジョーの誕生日プレゼント。――どうしよう? まだ何にも決まっていなかった。 蒼いリボン。 傍らの紙袋から出し、そうっと首に巻いてみる。 ヤダ。 しゅるっとリボンを解く。 それに、これがプレゼントなんて言ったら、ジョーは何て思うんだろう? ヤダヤダ、そんなのダメっ。と言いながら、リボンを紙袋に突っ込む。 そんなの、・・・ジョーはそういうの好きじゃないもの。・・・たぶん。 実行したことがないからわからなかった。 ジョーが欲しいものって一体何だろう? 彼との会話を思い返してみるものの、――「誕生日プレゼント」に関する話題は出ていなかった。 その理由はわかっていた。 しかし。 だけど、私にとっては特別な日なんだもの。――たぶん、ジョーにとっても。だから・・・ 何かしたかった。 「で、結局どうすることにしたの?明日なんでしょう、誕生日」 いつものメンバーでレッスン後のお茶会――ではなく、更衣室での会話だった。 「うん・・・」 歯切れの悪い返事をするフランソワーズをちらりと見つめ――次の瞬間、数人が彼女の周りに殺到した。 「ねえねえねえ、言いなさいよっ。するんでしょう?私がプレゼントよ作戦っ」 肩や背中をぐいぐい押されて、着替えなぞできるわけがなかった。 「――もうっ。ジョーはそういうの、好きじゃないの!だから」 「あっ・・・」 「フランソワーズのカレシってジョーって言うんだ?」 「えっ・・・・」 以前から、「フランソワーズのカレシはちょっと見F1レーサーの島村ジョーに似てる」と言われていた。「まさか本人」とは誰も思っていなかったから、安心してはいたものの不用意に彼の名前を言ったりしないように気をつけていたのだが。 「あの、」 「・・・え?」 名前が・・・「似てる」??? 「似てるからジョーって呼んでるの?」 「で?そのジョーくんが何だって?」 話題の移り変わりにほっとするやらついていけないやらで、無言で固まっていたフランソワーズの肩がつつかれる。 「プレゼントは私です作戦がだめってこと?」 「・・・そうかしら」 だってもし嫌われたら。 実際に言われたわけでもないのに、そう言った時のジョーの顔まで思い浮かべ、あまりの切なさに涙が浮かんできてしまった。 「――やっぱりだめ。そんな事、できないわ」 いつか――遠い遠い未来に、彼が誰かと一緒に行ってしまう日が来るのだとしても。それだって、フランソワーズが嫌われたわけではなく、彼にもっと大事な人ができたということのはずだった。 「・・・嫌い、って言われちゃったら私・・・」 抱きつかれたり、ほっぺをむにっと引っ張られたり、散々な目にあう。 イチコロ・・・。 「ん?イチコロの意味がわからない?あのね、一撃でコロリ、って意味よ」 それって・・・ 「・・・そんなの、ダメよ。だって・・・」 ――食べられちゃうかもしれないもの。 *** 「君には僕の誕生日を祝うことなんてできないよ」 そう笑って言っていた。 ――どういうこと? 誕生日を祝うなんて・・・簡単な事でしょう?おめでとう、って言ってプレゼントを渡して――彼がこの世界に生まれてきた事を祝って。無事に今まで生きてこられたことを喜びあって。何も難しいことなどないはず。 サイボーグなのと何か関係があるのかしら。 それだったら、自分にはどうしようもない事かもしれない。だけど――そうでもないかもしれない。 だって。 だから、サイボーグであるから一緒に誕生日を祝えない。などという理屈は到底理解できるものではなかった。 また――彼女、003と一緒に過ごすのだろうか。 サイボーグ同士一緒に居たって・・・あなたの傷は癒せないのよ? 間違ってる。 ジョー、あなたは――間違っているわ。 あなたを癒せるのは彼女じゃない。人間である――この私。 *** 「ジョー!?」 ただいま、という声が聞こえて、慌てて出るとそこにはジョーが立っていた。 「え?――帰るのは先になるっていう話じゃ・・・」 ああ疲れた。僕の分のゆうごはんはあるのかななどと言いながら靴を脱いでリビングへ向かうジョーの後ろ姿をただ呆然と見つめていた。 だって、帰って来るのは16日って言ってたのに。 ジョーからは何にも連絡がなかった。 「ジョー、いったいどう」 リビングのドア口で、中に入ろうとするフランソワーズと外に出ようとするジョーがぶつかった。 「――どうもしないよ。早く帰っていいって事になっただけだから」 傍らをすり抜けようとするジョーのシャツの裾を掴む。 「――何?」 「――顔を見せて」 手をのばし、ジョーの頬に触れる。 「――っ」 ジョーが身を引いた。 「ちゃんと見せて」 けれども負けない。両手で彼の両頬を包み込んで自分の方を向かせる。 「・・・フランソワーズ」 何よ、この目。 なるほど、早く帰されるはずだった。 「いったい、どうし――」 言いかけて気付く。 ――誕生日が近いからだわ。だから・・・ 毎年、大小の波はあるけれども、この時期のジョーは非常にナーバスになるのだった。 「・・・ねぇ、ジョー?一緒に帰りましょう」 *** それが三日前のことだった。 レース直後に帰国したジョーは、帰宅してすぐフランソワーズに連れ出された。 しばらく帰ってなかったから、何にもないよとごねるジョーをなだめすかして、行く道すがら買い物をし――そして部屋に落ち着いた。 これは隔離よ。 お誕生日は、今年はここで過ごすしかなさそうだった。 「今日はジョーのいう事を何でも聞くわ」 朝食の席でフランソワーズが宣言した。 「だから、何でも言ってね?」 ジョーは思わず箸を止めて、まじまじと目の前の彼女を見つめた。 「・・・どうしたの、急に」 興味なさそうに食事を再開する。 「無理なんてしてないわ。ホラ、私の誕生日にジョーがそう言ってくれたから、だから今度は」 何ともテンションの低い会話である。誕生日の朝なのに――と思いつつ、そうではなくて、誕生日の朝だからなのだと思うフランソワーズだった。 「じゃあ、今日はまず一緒にお買い物に行って――お昼にはジョーの好きなものを作るわね。それから午後はお散歩して、夕ごはんは・・・」 嬉しそうに今日の予定を挙げていくフランソワーズを見つめ、ジョーはふっと笑みをこぼした。 「・・・それって、フランソワーズのしたい事だろ?」 なるかなぁと言いつつくすくす笑うジョーを見つめ、幾分ほっとするフランソワーズだった。 大丈夫。 *** 誕生日だからといって、何か特別なコトをするわけでもなかった。 「・・・こっちに居ると静かね」 波の音がしない。 「二人しかいないからね」 膝の上から声がする。 「・・・眠い?」 その会話を最後に、ジョーは目を瞑り・・・眠ったようだった。 今日のフランソワーズはいつにも増して可愛かった。 今までだって、身近に居なかったわけじゃない。 今までは、その「誰か」というのは誰でも良かった。むしろフランソワーズと一緒に居るのが辛くて、家を出た時もあった。 自分でもヤヤコシイ思考回路をしていると思う。 誕生日。 今でも、「誕生会をしましょう」「お祝いをしましょう」と言われると心穏やかにはいられなくなる。 僕はずっと、そう言ってくれる誰かが欲しかった。 僕の瑕はなくなりはしないけれど、だけど――僕はここにいてもいいんだよね? 髪を撫でる手がくすぐったくて目を開けた。 「・・・どうしたの?」 ジョーの表情は穏やかだった。 「――あのさ。今朝からずっと疑問だったんだけど」 「いいの。後で言うから」 だって、今言ったら絶対―― 「――で?どうだったの?」 その時、テーブルについている全員が身を乗り出した。 「ど、どうって・・・」 アイスティーのストローを意味もなくくるくる回す。 「・・・その、・・・・・・」 きゃーっと騒ぐ声に、一瞬店内の客やスタッフの視線がこちらを向く。 「しー!!・・・もう、追い出されちゃうわよ」 フランソワーズの顔をまじまじと見つめ。 ぎゃははははっ!! 「あー、もうだめっさっきから我慢してたのに〜」 身を乗り出していた全員が、余すことなく噴出した。お腹を押さえて悶絶している。 「――はははっ・・・・、ああ、もうっ。ほんと、アナタって」 「本当にやるとは思わなかったわよ!!」 ・・・・・・。 「・・・・え?」 「ばっかねー、信じたの?日本の恋人たちはみんなそうしてるなんて、嘘八百に決まってるじゃん!!」 状況を把握するのに数秒かかった。 「ひっどーい!!」 「あらら。フランソワーズったら真っ赤!」 やだもー、ばかばかっと言いつつ、隣にいる彼女をぽかぽか叩く。 「痛いなーもー。いいじゃん、熱い夜を過ごしたみたいだし!」 「まぁ、いーじゃん。ジョーくん怒ってなかったでしょ?」 ・・・それはまぁ、そうだけど。 「で――ただの好奇心から訊くんだけど――ジョーくん、どんな反応したの?」 それは。 まさか、大喜びでリボンを解いた――なんて言えるわけもない。 「・・・・知らないっ。絶対、教えないっ」 *** 「――あのさ。コレ、貰っていいかな?・・・っていうか、僕のだよね?コレ」 解かれた蒼いリボンを手に持って、じーっと見つめているジョーを直視しないようにして。 みんなと会っていた喫茶店を出てからも――ジョーのいる部屋に帰ってからも――ずっと頬は赤いままだった。 「やった。――うん。こういうのだったら、誕生日っていうヤツも案外いいかもしれないな」 今朝は「普通」だったのに。どうして今こんなにハイなのかしら? ともかく、夕食の準備だった。 「きゃっ」 「なに??」 次の瞬間、彼の肩に担ぎ上げられていた。 「ちょ、・・・なに?」 「それは――何?」 ベッドの上に降ろされて、その目の前にジョーの顔があった。 「僕のだよね?」 がっくり。 自分の上で脱力するジョーの重さに一瞬息が詰まった。 「もー。ジョー、重いー」 ジョーの頭を撫でながら。 「・・・そんなに嬉しかった?」 彼が自分から誕生日の話をするなんて。 「・・・じゃあ・・・来年も同じプレゼントでいいの?」
今、ジョーはトルコグランプリ参戦で日本にはいない。だから、レッスン後も迎えには来ない。
なので、みんなとゆっくり話す時間はたくさんあった。
「うん・・・」
「いつ?」
「一週間後」
「だから悩んでるんだ?」
「う・・・ん。まぁ、ね」
「そうそう。フランソワーズったら一体何を悩んでいるのよ!」
「もー。わかってるくせに!」
「そ。プレゼントは『自分』しかないでしょっ」
「そうよ――なに赤くなってるのよ。いいじゃない、そのまま自分の首にリボンでも結んでさ、プレゼントは私でーすって言えば」
「――またそうやって適当なコト言って。そういう自分はそういう事してるの?」
首にリボン??
「これから選びに行こうか」
だっておかしいわよ。それが日本の流儀だ――なんて。そんなの、ジョーだって教えてくれなかったし。今まで聞いた事もないし。だから絶対、騙されてるのよ。日本の恋人同士はみんなそうしてるのよ・・・なんて。
絶対、嘘。
リビングでは、音量を絞ったテレビの前に陣取っている人影。
絞った音量よりも自分の声の方がよっぽど大きいということをすっかり失念してる。
ジョーはなんと予選1回戦でノックアウトになったのだ。最終予選に残れないなんてことは彼にとっては珍しく――解説者もアナウンサーもしきりに「どうしたんでしょう」を繰り返している。
何しろ、本当は数時間前に予選は終わっており――これは録画なのだから。
電話がくるなら、もっと前にきているはずであり・・・それがないということは、そういうことなのだった。
思わず座りなおす。
『――マシンの調子は悪くなかったので・・・全ては自分の責任です』
『予選ノックアウトというのは珍しいですよね?何かあったんですか?』
『――別に』
ファンが減っちゃうわよ?
『――頑張ります』
今日はまるでコースが頭に入っていないかのような、コンマ数秒遅れるブレーキング。そのためカーブごとにタイムを落とし――結果、17番手という今季最悪のスタートグリッドだった。
それともメールする?
気にしないで明日のことを考えて?というのも――なんだか他人事のような言い方で、ぴったりこなかった。
そしてそのままソファに全体重を預けるように座り込んだ。
しかし――
今回のようなミスは全て自分に跳ね返ってくる。どこにも理由を見つけられず――逃げ場はなかった。
自分でもわかっている。わかっているだけに気持ちは収まらなかった。
昨日のテスト走行の時はこうではなかった。
ちゃんとコースも下見したし――むしろ、カーブの続くコーナーは得意とするところだった。
だから。
久しぶりの表彰台を狙える。いや、狙っていく。
スタッフも、チーム全体としての雰囲気も良く、チームメイトともうまくやれていた。全てがプラスに作用しており、後は走るだけ――だったのに。
だからこそ、いったいどうしてこうなってしまったのか、怒りの矛先は自分自身に向いた。
違う。
俺が動揺するということはおそらく――その程度のこと、ではないんだ。
今回のトルコグランプリに於いて、何がトップニュースかというとまさにソレだったのだから。
「・・・キャシー・・・」
ジョーたちのチームは、グランプリを前にして今季からスポンサーになったモナミ公国の表敬訪問を受けているのだった。
国内的にも対外的にも、彼女とレーサーのハリケーン・ジョーの親密さはその界隈では暗黙の了解事項であった。
だから邪魔しないでくれ。
が、キャサリンには言外の意を汲む気はさらさらないようだった。
くすくす笑って、ジョーの顔を下から覗き込む。
「えっ・・・」
そんな話は聞いていない。
「し・・・」
知らなかった。
「――長かったわ。ここまでくるのに。・・・もう、離れるのは嫌よ」
「ジョー?」
「こんなの脅迫じゃないか。――冗談じゃない。俺は降りる」
「脅迫なんて、そんなっ」
「そうだろう?俺の身柄を拘束したいだけの、ただの君のわがままじゃないのか」
フランソワーズのワガママなら可愛いけど、他の女性のわがままなんて面倒なだけだった。
「キャシー、頼むから」
「ダメよ。そんな顔したって?――ね、いいでしょう?私はあなたのお誕生日を一緒にお祝いしたいのよ」
「――だけど」
その意味を――彼女は本当にわかっているのだろうか?
――滑稽だ。
「本当の、あなた?」
「そうだ」
「サイボーグということ?」
「――サイボーグになる前の・・・ことだ」
「知ってるわよ?あなたの過去のことなんて」
調べさせたもの。と続ける。
首を微かに傾げて無邪気にジョーを見つめてくる。まっすぐな視線で。
彼女の顔から視線を逸らす。
キャサリンに会ったからというわけではない。
モナミ公国に来るよう強制されたからでもない。
脅迫まがいの招待をされたからでもない。
そうではなく――自分の誕生日を祝いたいと言われたことが――彼のなかの瑕(キズ)を自覚させたのだ。
瑕を持っている本体自体が壊れない限り消えないのだ。
けれど、今は――
考えたくなかったのに。
他人に「祝う」と言われた、それだけで何故こんなに動揺するのか。
けれどいまここに、望んでいる白くて優しい手はない。
その渦が頭の中を占領し――切れ切れの言葉が乱舞した。
どうでもいい、そんな日なんか――誰も俺のことなんて――
――拾われた日なんて、俺が・・・――お前は、要らない――嘘を重ねるくせに――
こみ上げる吐き気を我慢しながら手を伸ばし――画面を確認する。
「――もしもし」
たった今、メールを送信してきたのだから。
「だって・・・ジョーこそ、疲れてもう寝ているものと思っていたから」
「そんなに早くは寝ないよ」
「ん・・・でもやっぱり、疲れてるでしょう?明日に備えてもう寝なくちゃ」
待って。
まだ――切るな。
「あら、そんな事言って。――自信家ね」
「違うよ。そんなんじゃなくて」
そんな話をしたいのではなくて。
「んっ・・・?」
「――本当に?」
「・・・そうよ。こっちは真冬みたいに寒いの。春なのに」
「そうじゃなくて」
天気なんかどうでもいい。
「そうなのって、何が?」
恥ずかしそうな声が響く。小さく、直接なんてずるいわと聞こえてくる。
「やだっ・・・ジョーったら」
ジョーのばか、と言われる。
「・・・なによ」
「そっちに行けないのが残念だよ」
「も、――ばかっ」
もう知らないっ切るわよ?と言われるけれど、彼女が切らないのはわかっていた。
「・・・フランソワーズ」
――僕の、大事な。
ひとりで眠るのは寒くて大変よ?
ここにジョーがいたらいいのにな』
情けない、自分の走りを。
だけど。
彼女は一言もそれらに触れなかった。
手の震えも止まっている。
僕も――君のそばに行けない事が残念だよ?
走りはやはり、最低だったけれども――それでも諦めず、レースを投げず、食いついた。
その結果の入賞だったから、ジョーとしては満足だった。
「悪い、キャシー。今日はだめなんだ」
「帰る!?どこに?」
「日本さ。決まってるだろう?」
「すまない、先約があるんだ」
キャサリンはその後を小走りに追いながら。
「してないよ。約束なんて」
もちろん、通常であれば受理されるわけがない。レースの後、すぐにエンジンの調整に入り――次のレースに向けて細かいセッティングをしなければならず、日程も足りないくらいなのだから。
しかし。
先日の予選からの彼の走りを見て――彼を休ませる必要があるという声が出ていたのも事実。
いったいジョーに何があったのかは知る由もないが、ただ、彼が今絶不調であるということは誰が見ても明らかだった。
だから、彼が帰国するのは誰もが当然必要な処遇であると思ってはいたのだが。
条件が出た。
やはり、いかにトップレーサーとはいっても勝手気ままが許されるはずもない。
そして、その条件というのは。
自分勝手を通したいなら、チーム全体の利益を出せ。
そういう条件だった。
決まっていることといえば・・・
鏡に映った自分は――
こんなプレゼントってやっぱり変!!
――はしたないとか、・・・下品とか、って・・・思うんじゃないかしら。
何か欲しいって言ってなかったかしら。
そういえば、彼と「お誕生日のお祝い」の話などしたこともなかった。ケーキを焼いた覚えもない。
そもそも、彼の誕生日会というものも――したことがなかった。
ただ、毎年フランソワーズがひとりで勝手に決めて、ジョーと過ごしていただけで・・・。
特別な事も何もしない、普通の一日。
ただ、彼女の気持ちが「特別な」感じの日。というだけだった。
他のメンバーも何も言った事はない。
ジョー自身が望まないなら、誕生日会はする必要もないだろうと――ジョーが、望まないというより強く拒絶していたので――そうなったのだった。
「で?明日はどこかに行くの?レッスンもないし」
「お泊り?お泊り?」
「ジョー?」
しまったと思った時は遅かった。
「もしかしてレーサーの島村ジョーだったりして!」
どうしよう。
今日はぼーっと考え事をしていたせいか、つい口が滑ってしまった。
「すごーい!!」
「見た目が似てるだけじゃなくて、名前も似てるんだ?」
「やぁだ、フランソワーズがフランス人だからって、合わせて外国っぽい呼び方してたりとかしてないよね?」
それってらしくない・いや、意外とらしいかもよー!などなど勝手な話で盛り上がっている。
「あ。・・・うん。たぶん、そういうのはちょっと」
「ジョーくんって何者??」
「だめな訳ないでしょ、好きに決まってるじゃん!!だって相手は知らない人じゃなくて、彼女だよ!?」
ねーっ。と殆ど全員が頷きあう。
「そうよ!いいから、言う通りにしてみなって。絶対、大丈夫だから!」
「そうそう!蒼いリボンを首に巻いて!」
「・・・本当に大丈夫?・・・嫌われたり、しないかしら」
ジョーに、君なんか嫌いだ。なんて言われたら、生きていけない。
嫌われるわけではない。だから、もしそうなっても――ひとりでも生きていける。
だけどもし・・・嫌われたら。
「もーっ!!フランソワーズったら、何て可愛いのー!!」
「ああんもうっ、アタシがオトコだったらこの場で食べてるねっ」
「そそ、だからカレシだってイチコロだって!」
って、どういう意味かわからない。
「一撃でコロリ・・・」
「そ。一撃で」
「・・・死んじゃうの?」
「だーかーらー、比喩だってば。例えば、そうね・・・ジョーくんがフランソワーズの可愛さに瞬殺ってことよ」
「そうそう!絶対、落ちるね」
私と彼――ジョーが一緒に居る意味は・・・彼が、「自分がサイボーグである」ということを忘れることができるからで・・・。
ただの、ひとりの人間になって。
サイボーグの。
お互いを見つめるたびに自分はサイボーグであることを自覚せざるを得ない。
お互いを見つめるたびに思い出してしまう。忘れることができない。
「うん。でもちょっとね」
だから、当初の予定通りに帰国するものとばかり思っていた。
「そ、――」
「手を洗ってくる」
「待って」
「ん?――ああ、急に帰ってきてごめん。困るよね」
「そんなの何とかなるわ」
そうじゃなくて。
が。
「私に隠せると思ったの?」
少しでも彼に近しい者なら――彼のこの瞳を見れば、いまどういう状態なのかわかるであろうから。
だからいつもフランソワーズは必ず予定を空けておく。
彼と一緒に居るために。
彼の自宅に。
案の定――ジョーは部屋に着いてからはすっかりおとなしくなり何も喋らなくなった。
フランソワーズのそばに居るだけで何も話さない。
ともかく、ずっと傍に居る。手を握っていないと落ち着かない。
まるで大きな子供だった。
他の人と接することが出来なくはないけれど、今はだめ。
だって今のジョーは――赤ちゃんみたいなものだもの。
「急に、って、だって今日はジョーの」
「・・・いいよ別に。無理しなくても」
その言葉に一瞬詰まり、けれども挫けず、何とか笑顔を作って続ける。
「そういうの、」
「迷惑だなんて言っても聞かないわよ。私がそうしたいからそうするだけ。だからジョーは何にもしなくていい」
「・・・・」
「・・・ね?」
「・・・好きにすれば」
毎年、こんな会話が展開されている。
それでも、随分マシになった方だった。
何しろ、朝からいない時もあったし――ふらりと出ていったきり夜中まで戻らない――行き先を言わずに姿を消した事もあった。
ジョーの誕生日イコールフランソワーズはひとりぼっち。という図式。
かといって、待っていないと更にジョーは落ち込むので――いつ彼が帰ってくるのかわからないので、どこにも出かけられずただひたすら待つしかなかった。
「そうよ?好きにしていいって言ったじゃない」
「僕のいう事を何でも聞くって言ってなかったっけ」
「だから、好きにしていい、って言ったでしょ?」
「・・・それってそういう意味になるのかな」
「なるのよ」
今年は――大丈夫よ。
ジョーのリクエストで食事を作ったりするくらいで。
あとは、いつもの普通の一日と変わりはなかった。
ただ一点を除いては。
鳥の声もしない。
人の生活音も聞こえてこない。
「うん――ちょっとね」
「いいわよ、寝ちゃっても」
「重くない?」
「平気」
フランソワーズの膝枕で。
瞳と同じ色の蒼いワンピースと、以前彼が買ったパールが並んだアイボリーのカチューシャをつけていて。
何より、彼女の体温を身近に感じることが嬉しかった。
ただ、――今日は。
この日が終わるまでは――誰かがそばにいなければだめだった。
何を確認したかったのか、自分でもわからない。
自分の事を知らない誰かと一緒に居て――自分は大丈夫なのだと知りたかったのかもしれない。
ただ、帰ってきて彼女が待っていてくれるのを見ると安心した。
自分には待っていてくれる人が居る。
もしかしたら、それを確認したくてひとり家を空けていたのかもしれない。
けれど、なんとなく――彼女にはそうやって甘えてもいいような――気がしていたのだろう。
何の根拠もなかったけれど。
自分にある瑕を否応なしに思い出させてしまうからだ。
けれど。
フランソワーズは――彼女は、その瑕を知っているけれど、そこを見ない。
知らないふりをするのではなく、瑕に手を当てて隠してしまう。彼から見えないように。彼が思い出さないように。
そうして「大丈夫よ」と笑ってくれる。
「要らない子」と烙印を押された子供ではなく、島村ジョーとしてここに居ていいんだと――必要としているのだと言ってくれる。
誰かに必要とされるのは少しくすぐったくて――幸せだった。
そんな思いを味わったことはなかった。
自分の存在が、自分ではない誰かのために在り、そこに居るだけでいいと言ってもらえる。
いなくなったら寂しいと泣いてもらえる。
それが――どんなに幸せなことか。
欲しくて欲しくて、仕方なかった。
蒼い瞳が彼を迎える。
「うん・・・」
前髪をよけて、そうっと髪を撫でる。
すると、眠っていたはずの彼が目を開けた。起こしてしまったのかもしれない。
けれども、その表情を見て――安心したのだった。
「なに?」
「その、首に結んだリボンって・・・流行しているの?」
僕はそういうの、わからないけどさ。と続ける。
「ん・・・・。――内緒」
「何だよ内緒って」
「後で教えるわ」
「何で今じゃないの」
だって、今はまだこうしていたいもの。
こういうゆったりした時間を過ごしていたいんだもの。――あなたのお誕生日なんだから。
「ふぅん?」
「何?聞こえませーん」
「・・・意地悪っ」
「いいから、どうだったのよ?」
「あの作戦したの?しなかったの?」
「し、・・・したわよ」
「で?」
「で、って・・・・」
「ジョーくん、怒らなかったでしょ?」
「・・・・う、うん・・・・」
「ってことは!」
「きゃーん、甘ーい恋人同士の夜っ!!」
「まま、いいからいいから――それにしても」
お互いに顔を見合わせ。
そして。
「ああ苦しいっ・・・も、フランソワーズってば!」
目尻の涙を拭いながら、
「そんなの、恥ずかしくってしないわよ〜」
「ひゃはははは、ほんとーにする人がいるとは思わなかった!!」
「・・・ひ、」
そうして、あっという間に頭に血が昇り――
「やーん。か・わ・い・いっ」
「これならジョーくんもトリコよ、と・り・こ!」
「だってだって・・・ひどいわっ」
「あららら。泣かなくてもいーじゃん」
「だってだって・・・・恥ずかしい〜〜〜」
もおっ。どうしてくれるのよ!と言って、両手で顔を覆ってしまう。
「どんな、って・・・」
「・・・好きにしてクダサイ・・・」
しかも、部屋にいたジョーの第一声がこれだったのだ。
ひとつのイベントとしてさ。ね?と言うジョーに、知りません。と言ってキッチンに消える。
昨日まではずっと暗かったのに、その反動なのか妙に明るい彼に首を傾げつつ。
「ね、ジョー、ゆうごはんは簡単なものでいい?」
くるりと振り向くと――
真後ろに彼がいてそれはそれは驚いた。
「ん――」
にやりと笑う彼に、これはヨカラヌ事を考えている――と思ったが遅かった。
ヤダ、降ろして降ろしてと足をバタバタさせるけれども、そのままどんどん運ばれてしまう。
「何って――僕のだから」
「僕の、って・・・」
「好きにしていいんだよね?」
「そ、それは」
昨日一日だけの話で。
「う・・・・」
「そうだよね?」
「・・・それは、昨日だけの話ではないかと」
「えー!!」
「・・・・ショックで立ち直れマセン・・・」
「・・・ばか」
「ん。――毎年、同じのでもいいくらい」
「――アラ」
「ウン。同じのがいい。でも、来年だけじゃヤダ」
「その次の年も?」
「ウン」
「その次も?」
「ウン」
「そうしたら、お誕生日が楽しみ?」
「・・・ウン」
「お誕生日がきてもこわくないわね?」
「ウン・・・フランソワーズがいれば、――たぶん」
「いるに決まってるでしょ」
あなたへのプレゼントなんだから。
「僕のだよ」オトナばーじょんは「オトナ部屋」で♪