「もしもし。――俺」 ジョーの携帯電話のフランソワーズの着信メロディ。それは、勝手にフランソワーズが設定した「森のくまさん」なのだった。 「――なんで森のくまさんなんだ」 ちなみに、フランソワーズがジョーの携帯をいじったのは後にも先にもこれだけであった。ジョーが人物ごとに着メロ設定をしていないと知り、せめて自分だけでもと設定したのだ。が、ジョーは基本的に音を消しているので、着信は常に振動音であり、フランソワーズからだろうが誰からだろうが、着信メロディーが鳴ることは殆どなかった。 ジョーはしばし、どうして自分がくまさんなのか考えた。 「ジョー?どうかした?」
ともかく、自分の意志は伝えたぞ――とジョーはほっとした。 自分の誕生日というもの自体に全く興味がなかったしどうでも良かったけれど、実は昨年からちょっとだけ楽しみになった。今までの自分からは想像もできない。自分の誕生日が楽しみ、などと。 昨年の誕生日祝いと同じものを得るために。 とはいえ。 これから予選である。 ジョーはフランソワーズの笑い声と自分の名を呼ぶ声音を思い出し、口元に笑みを浮かべた。
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5月10日
「去年と同じ、――って」 電話を切ってから後も、フランソワーズはそれを持って見つめたままだった。軽く眉間にシワが寄る。 「もうっ・・・事あるごとにこれなんだからっ」 昨年のジョーの誕生日以来、何かにつけて彼は「同じもの」がいいと言う。クリスマスも、バレンタインデーも。
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「何が不満なの?いいじゃない、仲良しで」 レッスン後のいつもの喫茶店でいつものように、フランソワーズと友人たちが他愛もない話を展開する。 「嫌よ。もう騙されないわ」 アイスコーヒーのストローを弄びながら、フランソワーズがつんと顔を背ける。 「まあ、怒りなさんな。いいでしょうが。おかげで楽しく熱いバースデーを過ごせたんだからさ」 探るように顔を覗きこまれるのを、首を左右に振って除けながら、 「もう!私たちのことはいいでしょう。他の話をしましょうよ」 ねーっとフランソワーズを覗く全員が顔を見合わせ大きく頷き合う。 「・・・関係ないじゃない」 あなたたち、私をからかって遊びたいだけでしょう――とフランソワーズはじっとりと睨みつける。が、誰も彼女の視線を受け止めず、ケーキを食べることに専念している。 「問題です。島村ジョーの今日のレースのスターティンググリッドは何番でしょう?」 むっつりとフランソワーズが質問を投げる。昨夜の予選をちゃんと見ていれば当然答えられる問題である。 「そんなの、知らないわよ」 口々に返ってくる答えにフランソワーズはため息をついた。 「もうっ・・・全然、ファンじゃないじゃない!」 それでも、日本に彼のファンが多いのは確かであり――しかも女性――放送時には前後に彼のアップのインタビューが盛り込まれているのが常だった。 「ちゃんと見てないのはフランスソワーズでしょう?本戦ではたくさんインタビューされてるのに」 すまして言って、ケーキを口に運ぶ。 ・・・まあ、確かにカッコイイけど。 声には出さず胸の裡で言って、ケーキと一緒に飲み込む。 「・・・グリッドは2番。フロントローなんだから、今晩ちゃんと見てください」 憮然としながら言うフランソワーズ。その顔を見つめ、友人たちは笑いを堪えながら真面目に頷いてみせるのだった。 ――まったく、フランソワーズってからかいがいがあるんだから・・・。
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「えっ、ジョー?何で・・・何やってるのよ」 帰宅したフランソワーズを待っていたかのように鳴った携帯電話。その着信メロディーはジョーだったから、まさかと思いつつ出たのだけれど。 「何って、電話してるけど?」 どうしてレース前の貴重な時間を電話なんかで消費するの。 「さあ。なんででしょう?」 笑みを含んだ楽しげな声。 「そんなの知らないわよ。・・・もうっ、切るわよ?」 そうよ、と言いかけ止まってしまう。 それで――電話? 「あの、ジョー?」 フランソワーズの頬が熱くなる。本当は、レース直前とも言える時間に私事で時間を遣うなど褒められることではないでしょうと怒るべきなのだろうが、何も言えなくなった。 「もう我慢しないことにしたんだ。だからさ、――言ってよ。いつもみたいに」 レースの前に言うことはいつも決まっていた。 「早く。それを聞かないと行けない」 急かすように言われる。 ――いつもみたいに。 「・・・誰よりも早く帰ってきてね」 私のもとに。
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5月11日
「ただいま」 電話での会話である。 「――フランソワーズがここにいないのが悔しいな」 フランソワーズにはフランソワーズの生活のリズムがあって、予定があって――と、わかってはいても、つい思ってしまう。いつも彼女が隣にいてくれたら、と。 「・・・ジョーったら。もうすぐ会えるのに」 ――そうだけど。 「それに、次はモナコでしょう?一緒に行くの、忘れたの?」 忘れてなどいない。 「・・・フランソワーズが楽しみにしているのはショッピングのほうだろう?」 毎年、店ごと買うくらいの買い物をしているのだ。 「あ。酷いわ、ジョー。あなたと一緒にいるのが楽しみなのよ?」 くすくす笑うジョーの声。電話越しのそんな声がくすぐったくて嬉しくて愛おしい。 「ね。いつ帰ってくるの?」 楽しみにしてるから。 「やっ、もうっ、ジョーったらそればっかり!」 あなたのものなのに。 「一日限定っていうのがいいんだ、って言ってたのは誰だい?」 嘘ばっかり! 「――で、フランソワーズ」 急に改まった真面目な声に一瞬びくんとする。けれどもすぐに携帯電話を握り直し、頬を引き締めて返事をする。 「はい」 別に事件とかそういうのではないんだ? 「僕としては、その・・・」 ジョーはずうっと大事にとってあるのだ。 「いや、それはそう・・・なんだけど」 その日は二人きりで過ごす。これも毎年決まっていること。 「・・・その時に、さ」 ジョーは無言でガッツポーズをとった。フランソワーズには見えないのでちょうど良かった。 「ディナーのフルコースでしょう?頑張るわ」 ジョーの頭の中にはその姿が乱舞しているのに、それをどう言えばいいのかすっかり混乱してしまっていた。 「・・・ええと」 さて、何て言おう?
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5月12日
フランソワーズは甚だ疑問だった。自分自身に。 ――私、どうしてこんなことしてるのかしら? 手元には既に何着もの「候補」がある。が、いずれも決め手に欠けるような気がして決められない。 ――しかも、「決め手」って何なのよ。 小さくため息をつく。 ・・・でも、最初にしたのは私だし。――そうよ。するなら徹底的に、よ。うん。それにお誕生日だもの。去年と同じがいいって言われてもすっきりしないわ。だったらバージョンアップするしかないじゃない。たぶん・・・たぶん、ジョーもそう言っていた――そう、そうよ!ジョーもソレを指していたに違いないわ。だって、ちゃんとした仕様って言ってたし。 うん。 ひとつ納得したところで、再び手元のソレに意識を移す。改めて数枚を肩にあて、うーんと唸る。 ・・・決められない。 やっぱり、いつもの友人たちを連れてくれば良かったかしら? がしかし、すぐにその考えを打ち消した。 ダメダメ、絶対、どうして買うの、どうして迷うの、って散々言われるに違いないもの。 やっぱり自分ひとりで選ばなくては。と気合をいれる。
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――これはレースがヒラヒラしてて可愛いけど・・・新婚さんみたいね、ふふっ・・・じゃなくて、そう、ちょっと「いかにも」よね? ベビーピンクにレースがついたソレを却下する。 それから、これ・・・は。やっぱり柄物は難しいかしら。お花の方がいいかしら。・・・アヒルはないわね。 黄色地にアヒルが散っているのも却下する。 そうするとやっぱりシンプルなの?でも――地味じゃないかしら。あ、それともワンポイントとか。・・・ドレスっぽいのもいいかもしれない。アリスちゃんがしていたようなの。 それだったらちょっと得意だった。何しろ兄に小さい時から「アリスちゃんと似てる」と言われているのだ。 そうね。・・・そうしようかしら。
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5月13日
ジョーが帰国した。 「お帰りなさい」 いると思っていなかった人物に出迎えられ、ジョーは目を丸くした。 「あれ?フランソワーズ?」 確か、バレエのレッスンが始まっているはずではなかったか。 「今日はお休みなの」 靴を脱いで上がったジョーを引きとめ、下からじっと褐色の瞳を凝視する蒼い双眸。 「・・・なんだい?」 今年は――大丈夫なようだった。 ――うん。大丈夫ね?ジョー。
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夕食後の後片付けを終えたフランソワーズは、ジョーが珍しくウッドデッキに出ているのに目を留めた。 「・・・ジョー?」 ジョーは自分には暗闇が合っている――と勝手に思っている。けれども、フランソワーズはそうは思わない。ジョーには暗闇が似合うのではなく、彼が頑なにそこから出て来ないだけなのだ。 しかし。 今回は闇から引っ張り出すのではなく、一緒に闇に溶けた。 「・・・何を見てるの?」 ジョーの隣に立って、同じ方向を見つめ。そうして放った質問だった。が、あまりにも予想通りの返答に微かに眉間にシワが寄る。 「それはわかっているわ。何が見えるの、っていう意味よ」 最後の「僕には」が気になった。 「・・・何を考えてたの?」 一拍間を置いて、フランソワーズは頷いた。 「・・・そう」 それ以上追求しない。 しばらく無言で何も見えないような漆黒の海のほうを眺める。 ふと――不安になった。 「・・・ふ」 フランソワーズ。とか細い声で言いかけた。 「ふふん。ジョーの負けね!」 そうしてフランソワーズはジョーの腕に自分の腕を絡ませる。頬をぴったりと肩に寄せて。 「他には誰も聞いてないわ」
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5月14日
「ダメっ。入って来ないで!」 フランソワーズの部屋をノックし、返事があったのでドアを開けて一歩踏み込もうとしたジョーは、部屋の主の怒声に押され、踏み込もうと片足を上げたまま固まった。 「え。いまいいよって返事したじゃないか」 ジョーは片足立ちのままぐらりと揺れた。 「ひっ酷いなあ。おっとっと」 ジョーが入って来た途端にベッドの上に身を伏せて何かを彼の視界から遮っていたフランソワーズは、ジョーの不可思議な声に振り返った。そうして片足立ちのジョーを見つけ目を丸くした。 「・・・なにしてるの」 ジョーは上げていた足を下ろすと憤然と胸を張った。 「どうして僕は入ったらダメなんだよ」 ジョーは鼻を鳴らすとフランソワーズの静止に構わず、ずかずかと入ってきた。 「ちょっと、ダメよ!」 フランソワーズは胸の前に掻き抱くようにしてジョーから何かを隠し、再びベッドに伏せた。 「何、隠したの」 フランソワーズの背中を指先でつつく。 「いいの、ジョーには関係ないから」 そう言うと、ジョーはフランソワーズの顔を覗きこむように身を屈めた。 「ね。何隠したの」 頬を染めたままベッドに伏せているフランソワーズ。その顔を屈んで覗き込んでいるジョー。 「――なんだ。だったらそう言えばいいのに。そうしたら、僕だって強引に見ようとはしないさ」 言うと立ち上がってくるりとフランソワーズに背を向けた。 「ふうん・・・そうか」 眉間にシワを寄せ、思わずフランソワーズを振り向こうとしたが何とか意志の力で堪えた。 「・・・もう。ジョーのせいでしわくちゃになっちゃったわ」 あとでアイロンをかけなくちゃ。 でも――恥ずかしいのは私だもの。ちゃんとチェックしておかなくちゃ。 大きく頷くと立ち上がった。
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5月15日
とりあえず、部屋の鍵をかけて――ジョーにまた邪魔されないように――更にそれだけでは安心できず、チェストを動かしてドアの前に置いた。 ・・・この邸は危険がいっぱいだわ。 胸の裡で言ってから、いざ。と試着を始めた。
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「・・・・」 鏡の前でフランソワーズは無言だった。 シンプルなアイボリー。 ――ちゃんとした仕様。 なのだから。 もちろん、今は試着段階なのでズルをしている。 ともかく、後ろもチェックしてみる。 心配な部分はなかった。 ちょっと屈んでみる。 ・・・もう。これってやっぱり元の設定に無理があるんだわ。 それに――微かに寒い。
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5月16日
それは朝食の席だった。 「あ。おはよう、ハインリヒ。・・・何か用?」 ジョーの正面に座るフランソワーズも不審そうに見つめる。 「――その、お前ら、この後は」 首を傾けてにっこり笑い合う二人に回れ右をしそうになりながらも、ハインリヒは頑張った。 「そう・・・だよな、うん。それは結構。で、そのだな」 冗談じゃない。もし連行されたら、それは限りなく罰ゲームに近いぞ――とハインリヒは心の中で言ってから勇気を奮い起こした。 「そうじゃなくてだな。つまり、今日はジョーの誕生日だろう?」 にっこりフランソワーズが言うのと正反対に、ジョーは眉間にシワを寄せ興味を失ったように食事を再開した。 「で――俺らからジョーに」 フランソワーズの目が驚きに真ん丸くなる。何しろ、今までそういうものはなかったのだ。 「んもう。ジョーったら、大袈裟ね」 箸をつけたままの形で固まったジョーをよそにフランソワーズはハインリヒの差し出した包みに目を向けた。 「・・・なあに、これ」 包みとはいっても薄いセロハン紙に包まれリボンがかけられただけの簡素なラッピングだったから、中身は丸見えだった。(ちなみにラッピングしたのはジェロニモである) 「・・・DVD?」 受け取れ。とハインリヒはジョーの腕に押し付ける。 「・・・ありがとう」 どう見ても市販されている仕様ではない。 「え――ああ。そうだな。ま、・・・ジョーひとりで見ろ」 ジョーはどこか思うところがあったのか、暫くしてこくんと頷いた。 「もー。ふたりしてなんなの」 ジョーとハインリヒを交互に見つめ、フランソワーズが頬を膨らませる。 「ねえ、もしかしてエッチなのじゃないわよね?」 まなじりを決するフランソワーズにハインリヒは思わず噴き出した。 「違うよ、なんだったら一緒に観ればいい。が、ある意味――エッチなの、って言えばエッチなのかもしれないが」 やっぱりエッチなのじゃない!! 「もうっ、ジョー。そんなエッチなの、観なくてもいいでしょっ」 ちら、と確認するかのようにハインリヒを見る。ハインリヒは肯定するように頷いた。 「・・・主演女優が凄いんだから」 ジョーは中身を撒き散らしながら飛んできた醤油差しをマトモに胸に受けた。 「フランソワーズ!また醤油を無駄にしてっ――」 そして飛んできたのは、ふたを外してあるソース。こちらはジョーの脳天にヒットした。 「あ、こらっ、フランソワーズ」 ケチャップの赤が視界を覆い、ジョーは戦意を喪失した。 「ジョーのばか!もう知らない!」 そのままダイニングを駆け出して行ってしまった。 「・・・あーあ」 ソースと醤油とケチャップにまみれたジョーをハインリヒが気の毒そうに見つめる。彼はさすがの無傷だった。 「・・・お前ら」 放っておけば、明日も来月も来年も同じ光景が繰り返されそうな。そんな平和な空間だった。 でも、そう真面目に彼らに言うのは躊躇われたから、代わりにハインリヒはこう言った。 「本当にバカップルだよな」 ジョーは無言でこっくりと頷いた。
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朝からケチャップやらソースやら醤油まみれになったジョーは、それでも上機嫌だった。何しろ腕には複数枚のDVD。それも主演女優は彼の最愛のひとであるフランソワーズなのだから。
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ジョーの自宅マンションに揃ってやって来たのは昼過ぎだった。 「ジョー。今年のプレゼントはちょっと違うわよ」 そんな事を話しながら、笑い合って。 「――そうだ。蒼いリボン、要るよね?」 それは昨年のジョーの誕生日に「プレゼントは私」とフランソワーズが首に巻いていたものだった。ジョーはそれを大事にとってあるのだ。フランソワーズは何度も捨てろと言ったのだけど、これを巻いたらいつでもきみは僕のもの、と適当なコトを言ってジョーは決して捨てさせなかった。 キッチンで食材を冷蔵庫に納め終わったフランソワーズは、そのリボンを見つけてため息をついた。 「ジョー。今年はこれは使わないのよ」 睨む蒼い瞳から目を逸らし、ジョーはともかく蒼いリボンを自分の手に巻きつけて――放置しておけば捨てられてしまう――灰皿を手にベランダに逃げた。
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――ちゃんとした仕様、って何だろう・・・? 一雨きそうなグレイの空にぷかりと煙の輪を吐き出して。 まさか、あれじゃないよな・・・? 確かに、前回電話で何かリクエストしたのは覚えている。が、それは――フランソワーズのとんちんかんな答えで諦めたはずではなかったか。いや、それとも――彼女に真意が伝わったのだったか。 ――なんだか、今日は・・・ 気分が塞いでくる。と言ったらフランソワーズは怒るだろうか? かといって、ひとり部屋にこもってDVDを観ていたら何て言われるのかわかったものではない。ともかく、締め出されたフランソワーズはごねてごねて天を呪いジョーを呪い世界中を呪うだろう。 ――結局。 自分はフランソワーズが一番なんだなあと思うのだった。
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プレゼントのタイミングはどうしたらいいのだろう? フランソワーズはずっと考え込んでいた。頭のなかでは何度も何度もシミュレーションを重ねているが、どれもこれも納得がいかなかった。 ジョーにいったん外出してもらおうかしら。そして、出迎えて―― いやいや、それでは前回と同じ演出で面白くない。それに、玄関先でどうこう・・・というのもできれば避けたかった。 いちばん不自然じゃない時といえば、それは当然の如く食事の時である。が、せっかく作った数々の料理を――今日のためにレパートリーも増やして練習してきたのだ――食べる代わりに自分が食べられてしまうのはいただけない。 でも――だったら、いつがいい? うかうかしていると今日という日が終わってしまう。
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ジョーは煙草を一本吸い終わって、灰皿を手に部屋へ戻った。 「・・・フランソワーズ?」 目の前にフランソワーズが立っていた。笑みを浮かべ、頬を紅潮させて。 「――ええと。・・・どうしたんだい?」 我ながら変な質問だと思う。どうしたも何もないだろう。ここにフランソワーズがいるのは何の問題もないのだから。 「別にどうもしないわよ、ジョー」 恥ずかしそうにもじもじと両手の指先を合わせながら、 「でも、私としては、その・・・、ジョーがエッチなDVDを観るのは納得いかないというか、あ、観てもいいのよ、別に。ええ。どうぞ、観て頂戴。でも、そっちに集中されてしまうのは悲しいというか、何というか・・・で。だから、その」 険しいジョーの顔に、フランソワーズは一歩退いた。 ジョーは無言で灰皿をテーブルの上に置くと、あっという間にフランソワーズの目の前に到達していた。 「だから――何?フランソワーズ」 肩の上に流れている髪をひと房掴み、ジョーはそれをそうっと彼女の背中に払い除けた。 「・・・フランソワーズ」 フランソワーズはジョーが耳元で囁いた途端に真っ赤に染まった。 「だ、だって、前にジョーがっ・・・」 フランソワーズを抱き締め、髪を撫で背中を撫で――あちこち撫でていたジョーはちょっと身体を離した。 「――うん。いいね。可愛い」 振り向いたフランソワーズはくすくす笑うジョーを認め、怒ったほうがいいのか照れたほうがいいのか、判断に困った。何しろ笑われている――の、だから。 「何か変?」 触れもせずただ上機嫌で微笑むジョーの視線が絡みついて、フランソワーズは落ち着かなかった。 で――このあと、どうすればいいのだろう? まさかこのままキッチンでお料理とかそんなことはないだろう。それはいくら何でも。 「で・・・どうしようか」 言うと、ジョーは真っ赤になって顔を覆っているフランソワーズを抱き上げた。 「もったいないけど、もらうよ。プレゼント。それに、いつまでもそんな格好じゃ寒いだろ」 白いエプロン一枚しか身につけていないフランソワーズは、ジョーの腕のなかで小さく頷いた。
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去年があれで今年がこれで。 目を閉じてジョーの胸にぴったり寄り沿っているフランソワーズを見つめ、その腕に体温を感じながらジョーは考えていた。 そうして、そんな自分にふっと笑みが洩れる。 ――今までは、誕生日プレゼントなど要らないと思っていたのに。 こんな幸せな気持ちになるなんて思ってもいなかった少年時代。 「・・・フランソワーズ」
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5月17日
コーヒーの香りに誘われて、ジョーはベッドから抜け出しふらふらとキッチンへ向かった。 「――おはよう。あ、」 続けて何か言おうとしたジョーを遮るように、エプロン姿のフランソワーズがくるりと振り返る。 「うん。あの、それ」 ジョーが指差すのを追ってつまみあげたのはアイボリーのエプロンの裾。 「だって、本来はこういう用途だもの。新品だし。使うわよ?」 口の中でごにょごにょ呟くジョーに構わず、フランソワーズはマグカップにコーヒーを注ぐとジョーに差し出した。 「あ、――ありがとう」 差し出されるままに受け取って、ジョーはコーヒーをひとくち飲んだ。 「駄目よ」 ジョーはむうと黙って再びカップに口をつけた。 「・・・別にそんな事言ってないじゃないか」 小さく言ってコーヒーと一緒に飲み込む。 「聞こえてるわよ、ジョー」 カップ越しに見つめる褐色の瞳。それをじいっと蒼い瞳が追い詰める。 「もう。毎年そうやってコレクションしても仕方ないでしょう?そういう趣味のひとかと思われちゃうわよ?」 ジョーは慌ててカップを傍らに置くと、フランソワーズを抱き寄せた。 「フランソワーズ。そんなの、」 ジョーは無言でフランソワーズに擦り寄るばかり。 「――ま、いいわ。――お誕生日だし。ね?あ、こら、今日はもうお誕生日じゃないでしょっ、駄目だったら――」
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