Koiiro −第1章ー

 

レッスンの後は、ジョーと一緒に帰る。
彼が日本にいる時は、必ず迎えに来てくれる。

・・・というのを、レッスン仲間みんなが知っている。
彼氏なんでしょう?とか、恋人なんでしょう?とか、散々訊かれるけれど、いつも私の答えは同じ。
「別にそんなんじゃないのよ」
でも、そう答える私の顔が幸せそうだとみんなが口を揃える。

 

ジョー、遅いな。

時計を見るのは何度目かしら。

レッスンが終わって、いつもの待ち合わせ場所に行っても彼の姿はなかった。
いつもは大体彼の方が早く着いている。
シートを倒して眠っていることもあるし、車にもたれて煙草を喫っていることもある。
その見慣れた姿が、今日はない。

たまに、私の方が早く来ることもある。
でもそれは、レッスンが早く終わった時だけで、今日は定刻。
ジョーが遅刻するなんて、今までになかった。

・・・何かあったかな

携帯に何の連絡もないのがその証拠。
何もないなら、ちゃんと連絡があるはず。
でもそれが無いという事は、いま、まさに手が離せない状況なわけで・・・。

不安を抱えながら待つこと30分。
聞き慣れたエンジン音もしてこない。
こんな事なら、どこかのお店で待ち合わせれば良かった。

待ち合わせても、いつも数分しか待つことがないから、お店に入る必要も感じていなかった。
ここは住宅街の中の公園。
夕方になると人の数はぐっと少なくなる。
そんな中、街灯の下でひとりポツンと佇んでいる。

10月の夕暮れは早い。
午後6時を過ぎると、辺りはもう真っ暗になる。

家路を急ぐ人が通り過ぎては、訝しげな視線をこちらに寄越す。
そうよね。
用もなくこんなところに立っているのなんて、どう考えたって不審だわ。

仕方なく公園内のベンチに移動する。
ジョーが来たらすぐわかるように、いつもの場所が見える位置を選んで。

 

 

月が出ていた。

闇のなかに、ぽっかりと浮かんだまあるい月。
月ってこんなに大きかった?

 

闇の中、ジョーと二人肩を寄せ合って眠りについた荒野。
あれはいつのことだったかしら。

 

・・・色々な事があった。

死を覚悟したこともあった。

あなたの死を覚悟したこともあった。

何度も何度も、挫けそうになった。

 

けれど、それも今は全て遠い過去の話。
例え今が束の間の平和でも。
まだ、闘う事を考えなくても、いい。
今は、まだ。

 

月を見ながら、あなたの事を思い浮かべた。

今日の朝、先に家を出たあなたはどんな顔をしてたのだったかしら。
笑っていたかな。
それとも、こっちを見ていなかったかな。
確か「行ってきます」と言って・・・
「いつもの時間でいいんだよね?迎えに行くの」
そう言ったはず。
うん。
褐色の瞳を憶えているから、ちょっと見つめあったはず。
そして
・・・いってきますのキスはしたのだったかしら?
どうだったかな。
渋るあなたにねだって、やっと頬にキスしてもらえるようになったのはごく最近。
でも、ごまかしてうやむやのうちに出かけてしまう事も、やっぱり多くて。
今日は・・・どうしたのだったかしら?

後で訊いてみなくちゃ。

どんな顔をするかしら。
きっと困って、そして目を伏せるわね。
それとも、照れたように笑って答えない。
どっちかな。
あるいは、したのに忘れたの、ってちょっと悲しそうな顔をするかも。

 

幸せだった。

あなたの事を思いながら、待つ時間。

 

唇に笑みが浮かぶ。

月を見ながら
あなたを思いながら

 

もうすぐここに来るはずのあなたを待っている。