「お酒」
まったく予想外の出来事だった。 そう――009ともあろうこの僕が見誤ったのだ。 まったくのノーマークというべきだろう。まさかこのような事態になるなど想定外であり、従っていまのこの状況について僕は打つ手立てを持っていなかった。 明らかにミスだ。 まったく僕らしくない。 ここへきてこんなヘマをやらかすなど愚の骨頂。 そう自らを慰めてみたものの、現状に一ミリの変化も起こらなかった。 当たり前だけど。 さて、どうしたものだろう。 ともかくこうなった原因を究明するのが先決だ。そうすれば自ずと解決策も見出せるというもの。 うん。そうしよう。 考えようとした。 だって全然起きてないんだ。 頭を置いている場所。 僕の右膝の上。 そこにフランソワーズはいた。 僕の膝を抱きかかえるようにして、頬を載せて――そしてここがポイントなんだけど――なにやら幸せそうに笑っているのである。 …眠ってるんだよな? 狸寝入りかと思い頬をつついてみたけれど何にも反応がなかった。 そうだよな。 僕はため息をつくとそっとフォークを取り上げて、そして刺さっているケーキを口に入れた。 そして、何口目だったろうか。 最初は何が起きたのか全然わからなかった。 ではいったい何が起きたというのだろう? 僕はケーキを咀嚼しながら、やはり予想は当たっていたとげんなりした。 ため息が出る。 君はいつ目が覚めるんだろう。 誰だよ、お歳暮にブランデーケーキを贈ったのは!! フランソワーズはブランデーに弱い。 と、僕は心の日記に書き付けた。
いや、ヘマでもミスでもないな。本当のところ。ただ想定外だったというだけのことなのだから。
僕は改めて考えた。
そしてソファにもたれ腕を組んで天井を見ながら考えた。
が。
僕の右の膝の上にある柔らかい熱源がもぞもぞ動いたので思考は中断されてしまった。
「ふ――」
…フランソワーズ。
起きたのかと思って言いかけたけれど途中でやめた。
目をつむったまま頭を置いている場所をちょっと変えただけ。
気絶したのかと思うくらいの勢いで倒れこんだのだから、狸寝入りのはずがない。
それはもう見事だった。実際、今もケーキの刺さったフォークをしっかりと握り締めている。
…まったく。
僕の脳裏に先刻までのフランソワーズの姿が再生される。
「お歳暮にケーキをいただいたの。お茶をいれるから一緒に食べましょう」
そう言ってにこにこ幸せそうにケーキを切り分け、嬉しそうにぱくぱくと食べた。
ひとくち、ふたくち、みくち。美味しいわねえと言いながら。
合間に紅茶をひとくち飲んだあと――卒倒したのだ。
まさか毒入り?と焦ったが、そういう症状は見られなかった。
大体、同じケーキを切り分けて僕も一緒に食べていたのだ。毒が入っていたらすぐわかる。
そう。原因は間違いなくこれだろう。
…フランソワーズ。
まぁ、長くて一時間くらいだろうとは思うけれど。そのくらいの量しか食べてないし。
……。
こうして幸せそうな寝顔を見ているのも悪くはないけれど。
それでも、彼女が卒倒した時の己の気持ちを思うと理不尽さは拭いきれない。
まったく。