「今日は何の日?」


―1―

 

「えっ?」


ジョーは耳を疑った。

ふたりで暮らすと決めた日から、メンテナンスだけはしっかりしてもらっていた。当分(つまり数年くらいだろうか?)は放っておいても大丈夫なくらいに。だから、こんなに早く耳が故障するなんてことはないのだ。
否、耳というパーツではなく聴覚領域の問題だろうか。
だとしたら、これはただの故障ではない。オーバーホールが必要となる由々しき事態である。

ジョーは軽く頭を振った。
それで何かがどうなるわけでもないが、気分的にリセットするという効果はある。

ジョーは気をとりなおし、ご飯を口に運んだ。なぜなら今は、フランソワーズとの楽しい夕食の時間なのだ。
さっきの耳もしくは聴覚の不具合は置いておこう。

しかし。


「ジョー、聞こえなかったの?」


フランソワーズが放っておいてはくれなかった。


「ええと、…なんだっけ?」

「だから、今日は」


フランソワーズの唇が恐ろしげな単語を放った。


「――の日ねって言ったのよ?」


ジョーは黙々とご飯を食べた。視線は茶碗に盛られている白いご飯に釘付けだ。が、機械的に飲み込んでいるだけで味は全くわからなかった。
何か返事をしなければフランソワーズが不審に思うだろう。
が、しかし、いったい何と返せばいいのかわからない。ちらりと目を上げて前髪の隙間からフランソワーズを見た。

目が合った。


「どうしたの、ジョー」
「い、いや別に」
「後で食べなくちゃね」
「え」

って、何を?

にっこりするフランソワーズ。
が、ジョーは何か恐ろしいものを見たような気持になった。
可愛くて清らかなフランソワーズがまさか口にしないだろう言葉。それを平然と口にし、更にはそれを「食べる」と表現するなどと、想像したことがあっただろうか。

いや、無い。

しかし。

ふたりで暮らしてゆくうちにそういうタブーはなくなったのかもしれない。
うん。きっとそうだ。

ジョーは強引に己を納得させた。
そして、来るべき今後の展開に備えるべくご飯のおかわりをした。

 




―2―

 

食後にフランソワーズがにっこりして差し出したのはポッキーの箱だった。


「何味がいい?」
「えっ…なんで」
「あら、言ったじゃない。今日はポッキーの日ねって」
「ぽ……」
「後で食べなくちゃって言ったでしょ?」
「あ、ああ…」


そういう意味…。


「ジョー?どうかした?」
「いや、……じゃあ、イチゴ味のをもらうよ」
「ウフフ、そうだと思った」


やはりフランソワーズは可愛くて清らかな女の子だった。

ポッキーと勃起を聞き間違えるなど、きっと自分が汚れたエロガッパだからだろう。
フランソワーズが「今日は勃起の日ね」なんて言うわけがないのだ。


イチゴポッキーを食べながら、耳または聴覚のメンテナンスを受けた方がいいのか、ジョーは真剣に考えていた。

 






―3―

 

「耳のメンテナンス?」
「うん。そろそろ受けた方がいいかなと思って」
「あら、どうして?」
「どうして、って……」

ポッキーと勃起を聞き間違えたと清らかなフランソワーズに言えるわけがない。しかも、そんな聞き違いをするのは汚れたエロガッパに違いないのだ。自分がそれに該当するという告白は、わざわざしなくてもいいだろう。

「何か不具合でもあったの?」
「うん、まあそんなとこ」
「聞こえない?」
「いや」
「聞こえすぎる?」
「いや、そういうんじゃないんだよ」

単なる聞き間違えだから。


フランソワーズはしばし無言で考えているようだった。
ジョーは、とりあえず明日あたり博士のところに行こうかなとぼんやり考えた。
だから、フランソワーズが小さく何か言ったのに気付かなかった。


「――よね?」
「えっ?ごめん、聞いてなかった」
「だから、」

続くフランソワーズの言葉にジョーはただただ呆然とするしかなかった。

「え、なっ…ええっ?」
「だ・か・ら」

フランソワーズはうろたえるジョーに何故かにっこりし、妖しい呪文を放った。

「ポッキーが勃起に聞こえたのよね?」

なぜそれを知っている。誓って言うが、ジョーは声に出して言ってはいない。

「だから、耳のメンテナンスに行こうと思ったんでしょ?」

そうだけど、しかし何故それがわかる?

「だったら、メンテナンスの必要はないわ。ジョーの耳は正常よ」
「正常、って…」
「だって合ってるもの」
「なな何が」
「今日は勃起の日ねって言ったから」

なんと、実はフランソワーズもエロガッパだった!?
いやいやまさか。
まさかそんなことはないだろう。

ジョーがあまりにも驚いた顔をしたからだろう。フランソワーズは少し頬を染めて種明かしをした。

「今日、帰り道でね、高校生の男の子たちが話してるのを聞いちゃったの。今日はポッキーの日だけど、勃起って聞こえるよねって。男子だったら絶対そう聞こえるし、もし彼女がそう言ったら絶対襲うなって。だから試しに言ってみたんだけど、ジョーは紳士ね?…きゃっ」

 

まさか紳士なわけはなかった。

 

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