「銭湯love」

 

 

 

フランス人が銭湯に来るのは珍しいらしく、最初は好奇の目で見られたものだった。
がしかし、小さな町である。
数回も繰り返すと「よそ者扱い」するのも飽きたようで、積極的に話しかけてくるようになった。
日本語が堪能なのも手伝って、フランソワーズは割合すんなりとこの町に溶け込んでいた。


「もっとゆっくり入ればいいのに。お風呂ってのんびりするものよ」

顔なじみの年配の女性がフランソワーズに笑いながら言う。
フランソワーズがいつも慌しく風呂に入るのが気になっているようだ。

「ほら、子供だってゆっくり10数えているのに」
「ええ。でも……」

フランソワーズだってお風呂は大好きだ。しかもこうして広いお風呂ならばもう少しゆっくりもしていたい。
しかしそうはできない事情があった。

「忙しいひとねぇ」

別の妙齢の女性が言う。

「カレシなら待たせておけばいいじゃない」
「アラアラまぁまぁ。恋人がいるの?日本人?」
「え。ええ……まぁ」
「だから日本語が上手なのねぇ」
「おばさんったら知らないの。言葉が上達するのには現地の恋人を作るのが一番なのよ」

本当はゆっくりお喋りもしたいのだが、そうはいかないフランソワーズだった。

「カレシなんて待たせたほうがいいのよ。ちょっとくらい」
「ええ、でも……」

ちらりと壁の向こうの男湯のほうへ視線を飛ばし、フランソワーズは更に慌てた。

「もう上がらないと」
「アラ、ダメよ。まだあったまってないじゃない。風邪ひくわよ?」
「でも」
「カレシならまだ入ったばかりでしょ?一緒に来たんだから」
「あの、早風呂なので……」
「カラスの行水かい。困ったもんだね。最近の若い男ってのは。熱い風呂に慣れちゃいない」

軟弱になったもんだよと年配女性が言うと妙齢の女性もうんうんと頷いた。

「カレシに言っときな。もっとちゃんとあったまらないとダメって」

フランソワーズは曖昧に笑うと、頭からお湯を被り泡を流すと立ち上がった。

「もう行かなくちゃ」
「だからアナタまだ冷たいでしょ。ダメよ、浸かりなさい」
「そうよ。大体、まだ5分も経ってないじゃない。いくらなんでもそんなに早く上がる男なんていないって」

ぐいっと手をひかれ浴槽へ拉致された。

「あの、でも本当に」

ちらちらと向こうの男湯を気にするのを見て、妙齢の女性が鼻を鳴らした。

「なあに。向こうのカレシでも見えるっていうの」
「え。そんなわけでは……」
「だったらもう出たのかどうかわかんないでしょ。それとも聞いてみる?ここから」
「えっ」

それだけは恥ずかしくてできないフランソワーズだった。ジョーにもしないでくれと頼んでいる。

「あのでも本当にお風呂の早いひとだから」

肩を浮かせるのを沈められる。

「あと1分くらいあったまってもバチはあたらないよ」
「そうそう」
「でも、もう出たと思うんです……」
「だからアンタ見えるのか、って」
「見えは……しない、ですけど」

本当は見えている。
もちろん、自分だって男湯を覗くなんてしたくない。が、ジョーが本当に早風呂なのを知ってからはチェックするようになった。鼻歌交じりで自分がゆっくり風呂に入っている間、とっくに外で待っているジョー。
知らずに彼を湯冷めさせるなどできるわけがなかった。
以来、ジョーが風呂から上がるとフランソワーズも後を追うように出るのが常だった。
もちろんそれでも脱衣所で手間取るので、ジョーと同時に出るのは不可能に近いのであるけれども。

「じゃあなんでわかるのさ」

二対の目に見つめられ、フランソワーズは消え入りそうな声で答えた。


「……愛の、力で」

 

 

 

***

 

 

 

ジョーは銭湯の外で空を見ていた。

風呂は早いから、いつも待つのはジョーのほうであった。が、こうしてフランソワーズを待っている時間も実は好きなので全く苦ではない。
フランソワーズにも気にしないでゆっくり入るといいと言ってある。

それに、湯上り直後のフランソワーズはまた格別なのだ。

 

ぼうっと空を見る時間。

 

それはフランソワーズを想うかけがえのない時間でもあった。