「疑惑・SIDE F」

 

 

 

ジョーはこのワンピースが大好きだ。


買ってきた当初は、ひとりで着られないなんてメンドクサイだろうとか、ちゃんと見ないで買った失敗ワンピースとか散々言っていた。
ジョーにしてみれば、毎回ボタンを留めたり外したりさせられるのだ。随分と面倒だったことだろう。
だから私も気にしてあまり着ないようにしていたのだけど、ある日を境にジョーは全く文句を言わなくなった。
言わないどころか、今日はこれを着るといいよなんておせっかいなアドバイスまでくれたりする。
そうねじゃあこれを着ていくわなんて言った日には、満面の笑みを浮かべていそいそと着るのを手伝ってくれたりして。

まったくもう。

ほんと、男のひとって。ね。

 

 

***

 

 

それはある日のことだった。

いつものように帰宅した私は、ジョーが既に帰っているのを見て驚いた。
聞くところによると、予定していたよりも早く車の修理が終わったのだという。
ジョーの勤務先は個人経営の自動車修理工場で、経営者の工場長とジョーの二人しかいない。だからいつも忙しくて、ジョーは残業する日のほうが多かった。こうして早く帰ってくるのはとても珍しい。
でも早く帰ったら帰ったで何をしたらいいのかわからないらしく、私が帰るとジョーはほっとしたような顔をしていた。

「おなかすいたでしょ。すぐ作るわね」

今日はジョーと一緒にいられる時間が長いと思うと、ちょっとの間も惜しくて、私はいつもなら部屋着に着替えてからゆうごはんの支度をするところを短縮し、ワンピースの上からエプロンをつけた。

「手伝うよ」
「まぁ珍しい。明日は雨かしら」
「酷いなぁ」

ジョーが笑いながら野菜を洗う。

こうして隣にジョーがいるのはとても嬉しいし楽しい。
でも。
ジョーは今時の料理男子とは違って食べるの専門でなんにもできない。はっきり言って、狭いキッチンで隣を占拠されるととっても邪魔。早々にお引取りを願った。
手持ち無沙汰のジョーは私の背後をうろうろと落ち着かない。

「座ってたら?」
「飽きた」

帰ってから何をするでもなく座ったりごろごろしたりしていたらしい。車以外のことなんてなんにも思いつかなかったようだ。まったくジョーらしいといえばジョーらしい。

「――ね。邪魔しないで」
「してないよ」

ジョーが背中のボタンに触っている。くすぐったいからやめてと言っても聞いてくれない。

「ジョー。ごはんの支度ができないでしょう」
「僕は何にもしてないよ」

ひとつ。

またひとつ。

丁寧に、そうっと背中のボタンが外されてゆく。

「嘘よ。ボタンを外して何が楽しいの」
「うん?――何もしてない、って……」

背中にキスされた。

「ジョー?」
「ウン……」

ああもう、生返事。
ジョーがこういう時って、何を言っても無駄なのよ。

そうしてあっという間に背中のボタンを全部外すと、ジョーは私の両肩に手を滑らせ露わにした。
両腕で私の腰を背後から抱き締めると、露わになった背中と肩にキスの雨を降らせた。

 

 

***

 

 

この日以来、ジョーは私のお気に入りのワンピースに文句を言わなくなった。
文句を言わないというよりむしろ……ジョーのお気に入り?

まったく。男のひとって、ね。

 

 

***

 

 

そうそう、あの日のゆうごはんがどうなったのかというと。

冷やし中華だったのだけど、麺はのびのびにのびてしまった。
でもジョーは美味しいよと言ってばくばく食べた。こういう時、味音痴っていいわよね。
ただ、これが数回繰り返されるとむしろ、のびた麺を食べたいから調理の邪魔をするんじゃないかしらなんて疑惑を持ってしまう。


「違うよ。僕が食べたいのはフランソワーズだよ?」


そんなこと、声に出して言っちゃダメ。

 

ジョーのばか。