「疑惑・SIDE F からの SIDE J」

 

 

 

その日、僕は仕事が早く終わったのでちょっと寄り道をした。

向かったのは、小さなパン屋。この時間帯はフランソワーズがいるはずだ。
窓から店内を窺う。別に中に入ってもいいのだろうけど、僕は客観的に彼女を見てみたかった。

働くフランソワーズってどんな感じなんだろう。

もちろん、今の今まで見たことがないわけじゃない。だけどいつもすぐ見付かってしまって、まっすぐこちらを見るからどうにも客観性に欠けるのだ。
だから今日はちょうど良かった。店内は適度に混んでいるから、きっと僕には気付かない。

働くフランソワーズ。絶対、綺麗で可愛いに決まってる。

 

店内は適度に混んでいた。――男性客で。

 

なんだこれは。
この時間帯は男の客が多いのか?

僕は腕時計で時間を確認した。特に仕事終わりに寄るような時間帯というわけでもない。

フランソワーズは笑顔で接客しており、彼女の周りの空気だけきらきら光っているようだった。
どの客も大量にパンを買っているから、ひとりひとりに時間がかかる。パンを包むのだって、僕からみればひとつひとつ凄くメンドクサイのに嫌な顔ひとつせず丁寧だ。
そしておつりを渡すとき、相手の手をそっと包むようにしている。小銭を落とさないようにという配慮なのだろう。包みを抱えて出て行く客はみな笑顔でどこか満足そうだ。

ふうん。

人気者だなぁ。フランソワーズ。

パン屋の売り上げに貢献しているってのはいいことだ。

 

僕はそっとその場を離れ帰途に就いた。といっても、ほんの5分も歩けばアパートに着く。
どこをどう歩いてきたのか記憶にないけれど、気がついたらタタミに寝転がっていた。

 

フランソワーズ。


働くフランソワーズは綺麗で可愛かった。笑顔がきらきらしていた。


そして、人気者だった。

 

僕は、きらきらの笑顔のフランソワーズだけ思い出すことにした。

でも、タタミの上で二転三転しても店内にいっぱいの男性客の姿はなかなか消えてはくれなかった。