―8―
フランソワーズがいつものように朝御飯と昼のお弁当の用意をしていると、珍しくジョーが起きてきた。
彼が自発的に起きるのは珍しい。それこそ、仕事が早出だとかそういう車絡みでなければまず皆無といっていいだろう。
「……おはよ」
まだ半分眠っているかのようにぼうっとしたままキッチンにやってきた。
「おはよう、ジョー。今日は早出じゃないわよね?」
「うん。違う」
「そ」
ならいいわとフランソワーズは手元に視線を戻した。
卵焼きが佳境に入っているのだ。目を離すわけにいかない。
「……卵焼き」
「ジョーはこれがないと始まらないでしょ?」
「うん」
ジョーの目の前でそれは綺麗にくるくる巻かれてゆく。
「上手だね、フランソワーズ」
「当たり前よ。毎日やっているんですからね」
「じゃあ、焦がしたりしないんだ?」
「そんなミスはしません」
「ふうん……」
じゃあやっぱり嘘だったんだ、という小さな呟きにフランソワーズの手が一瞬止まる。
「何か言った、ジョー」
気をとりなおして卵焼きに集中する。
「いや。別に」
火を止めて卵焼きを皿に移す。ちらりと横目でジョーを窺うが、彼の姿は既に無い。
どこに消えたのかしらと思った瞬間、背後から羽交い締め――否、抱き締め――(やっぱり羽交い締めだろうか?)られた。
「ジョー?」
「どうして僕に嘘吐くかな」
「吐いてないわよ」
「ほら、それも嘘。まったく、僕がきみの嘘に気付かないと思った?」
「嘘なんか吐いたことないもの」
「……ったく」
ジョーはためいきをつくとフランソワーズを抱き締める腕に更に力をこめた。
「嘘吐いてひとりで弁当食うなよな」
「食べてないわ」
「少し太ったぞ」
それは全宇宙の女性種に対する禁句であった。
「――ジョー」
「うん?」
「今日のお弁当、おかずは無しでいいかしら」
「えっ、でも今卵焼き作って――」
それは今から私が食べちゃうからよっと言うとフランソワーズは卵焼きをどんどん口に入れた。
「わ。ちょ、フランソワーズっ」
「どうせデブだもんっ」
「そんなこと言ってないだろ」
「いいの、卵焼きに埋もれて卵焼き星人になってやるっ」
「なんだよソレ――ああもうっ」
結局、フランソワーズが暴れたため彼女が吐いた嘘疑惑はうやむやになり、せっかく早起きしたジョーは自らの失言により、おかず無し弁当の刑となった。
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