「エアコンラプソディー」
  いつにも増して暑い夜だった。 エアコンが無いから寝苦しいことこの上ない。 気温とは関係なく室温が上がると話は別だ。 そして今夜はその「開けてはいけないとき」であった。 焦らすだけ焦らされて。半分泣きそうになって懇願して。 「ウン……僕ももう限界……っ」 そうして更に熱が増したとき、フランソワーズが大きく息を吸った。 「あ。ダメだって」 ジョーが彼女の耳元で小さく囁くと、少し慌ててその唇を塞いだ。 「んっ……」 声を封じられ、少しもどかしそうにするけれどもそれも一時。     ***     一組しかない布団は汗ばんでいた。 「……エアコン、欲しいなぁ……」 暑いが、それでもフランソワーズをしっかりと胸に抱き締め、ジョーが呟いた。 「冷蔵庫にアイスがあるから後で食べましょ」 くすくす笑うフランソワーズ。肌に張り付いたその髪をジョーはそっと引っ張った。 「フランソワーズ。気をつけなくちゃダメだよ。ここ、壁が薄いんだから」 二人とも小声である。 「……ごめんなさい。でも」 ちょっと身を起こし、ジョーの目をじっと見る。 「それってアナタのせいよ」  
   
 
       
          
   
         ―1―
         しかし二人にとってそれはもう慣れてしまったことではあったのだけど。
         窓だって開けてもいいときとそうではないときがあるのだ。
         部屋の温度と湿度が上がる。が、湿度計があるわけではないからあくまでも体感だ。
         汗も尋常ではない。
         こういうとき、部屋に風呂がないというのは辛い。
         暑い。
         熱い。
         「……ジョー、お願い。もう……」
         全てを彼に任せ、フランソワーズは自らを解放した。
         部屋が暑い。ほんの少しだけ窓を開けたけれど風は全く無かった。
         ふたりとも汗びっしょりだった。
         どんなに熱くてもお互いの熱が引くまでは絶対に離さないのがジョーの常だった。
         「ほんと?やった」
         壁が薄い上に真夜中は声が通りやすい。
         「僕?」
         「ええ」
         「どうして」
         「だって、…………もうっ、ばか」
  「はい、ジョー」 半分こね、と可愛く言ってフランソワーズは冷蔵庫から取り出したアイスを二つに割った。 「え」 市販のそれは、元々二連になっていてふたりで分ける仕様である。だからフランソワーズは二つに割って、ひとつを口に含みもうひとつはジョーに差し出したのだけど。 「え、と…」 しかも。 ジョーはフランソワーズにそういう奉仕をしてもらったことがないのだ。 「ジョー。食べないの」 ジョーの視線はフランソワーズの唇と喉に釘付けだった。 「……フランソワーズにあげる」 満面の笑みで、二本目を食すフランソワーズ。 今のこの流れなら。 ジョーの鼓動が速くなった。 既に、アイスを食べてクールダウンして眠るというプランは消えた。     「ジョー。おーきーて」 「朝よ。遅刻するわよ」 どうやらカーテンが引かれたらしい。 「うふ。おはよう、ジョー」 頭のてっぺんにキスされた。 「おっ…おはよう……」 朝から元気だなぁとぼんやり思った。 やっと開いた目で前髪の間からフランソワーズを見る。 「なあに、ジョー」 別にともごもご言うとジョーは立ち上がった。 ジョーの提案をあっさり受け入れたフランソワーズ。 最後はどうなったのか自分でもよくわからない。 おそらく眠ってしまったのだろう。 「ジョーは元気じゃないの?」 フランソワーズの肘がジョーのみぞおちに決まった。  
   
       
          
   
         ―2―
         「どうしたの?溶けちゃうわよ」
         「う、うん。そうだけど」
         そうだけど。
         ジョーはフランソワーズの口元をじっと見つめた。
         吸いながら溶かして食べるタイプの透明チューブに入ったアイス。普段ならどうってことない光景である。
         がしかし、親密な時間を過ごした直後の、しかもまだ熱が完全に引いたとは言い切れない微妙な時間帯である。ジョーとしては色っぽい想像をしてしまっても許して欲しいところだった。
         「う、うん」
         「本当?嬉しいっ」
         長年の夢が叶うかもしれない。
         こんなアイスを選んだフランソワーズが悪いんだ。
         ジョーはごくりと唾を飲み込むと、意を決して口を開いた。
         「ねぇ、フランソワーズ。提案なんだけど……」

   
       
          
   
         ―3―
         のんびりした声と同時に瞼の裏に眩しい光を感じ、ジョーは唸った。
         そうジョーが理解したのと布団がジョーごと畳まれようとしたのが同時だった。
         慌てて体を起こす。が、眩しさにまだ目が開けられない。
         こちらはこんなに眠いのに。
         薔薇色の頬。きらきらした瞳。いつものように綺麗で可愛いフランソワーズだった。
         「いや…」
         こんな朝の光のなかにいると昨夜の出来事が嘘のようだ。
         そして、それはジョーが思っていた以上に――否、多分に主観的である。おそらくフランソワーズがそうしているというシチュエーションがジョーにとっては一番の理由だったのだろう。結果、もうやめてくれと言うまでそれは続いた……ように思う。
         現にこうして寝坊しているのだから。
         「朝から元気だね」
         背中からフランソワーズに腕を回し抱き締める。
         「ウン。どこかの誰かさんに精気を吸い取られたから」
         「ばか」
