「エアコンラプソディー2」
ある日の夕方、エアコンがマーライオンになった。 きれいに弧を描き噴き出す水。 真下に家具がなかったからいいものの、それでも大惨事には変わりがなかった。 「どうしてこうなっちゃったのかしら」 ただ、梅雨の時期に数回使用して少し懸念はしていた。 タタミの上にできた水溜りを拭いているフランソワーズをよそに、ジョーはじっとエアコンを眺めた。 「……フランソワーズ。フィルターの掃除をしよう」 腕組みしてあれこれ言っているジョーにフランソワーズは唇を尖らせて立ち上がった。 「もうっ。適当なコト言ってないでちょっとは手伝って」 生返事なジョーの手に無理矢理ぞうきんを持たせる。が、ジョーはエアコンを見つめたままだ。 「ジョーったら、聞いてる?あのね。私を誰だと思ってるの」 僕の大事なひとだろうと心のなかで当然のように答える。 「どこかが詰まっているかなんて、とっくに視て調べているに決まってるでしょ!」 そうか、そうだった。 「どこも詰まってないの。壊れた様子もないし」 そうして二人揃ってエアコンを見た。既に水芸披露は終わっている。 「……やっぱり使えない、かぁ」 残念だけど仕方がない。やはりこの部屋にエアコンはないものと思って生活したほうがいいのだろう。 「……まぁ、いいわ。今までも35度以上にならないと使わないようにしてたんだし。もう夏も終わるから出番はないわね」 フランソワーズが明るく言う。 「それにね、暑いほうがいいことだってあるのよ」 嬉しそうににっこり笑うフランソワーズに、きみっていつも何か楽しいほうに考えるよなあとジョーは嬉しくなった。どんな状況下にあっても、何かしら心が浮き立つようなものを見つけるフランソワーズ。 「……アイス」 どんとジョーを突き飛ばし、フランソワーズは隣のキッチンへ駆け込んで行った。 「酷いなぁ。僕は何も言ってないのに」 別に語ってないのになあとジョーは息をついた。 そう、語ってはいない。 ただちょっと、アイスを食べた後のフランソワーズの唇はとても冷たかったけれど、徐々に熱を帯びていったなぁとぼんやり思い出していただけだった。
まさにマーライオンといえよう。
「ジョー。みとれてる場合じゃないでしょ」
「だけどフランソワーズ。あまりに見事じゃないか」
「呑気なこと言ってないで手伝って。タタミが駄目になっちゃうわ」
このエアコンは前の住人の置き土産だ。
型も古くない。フィルターの自動洗浄機能がついていて手間要らずだ。
時々水滴が落ちるのだ。
もしかしたら、壊れたから置いていったのだろうか。いや、それならば大家も何か言っただろう。それに実際、全く冷えないわけではなかった。だからだましだまし使っていたのだけど。
あまりに電気料金がかかりすぎる。そんなに古い型ではないはずなのに、いかにも効率が悪い。
そんなわけだったから、よほど暑い日ではない限りそうそう使うことはなかった。
それがいけなかったのだろうか。
もっとまめに使用していれば、こんなことにはならなかった…のかもしれない。
30分ほど稼動させたところで、いきなり水が噴き出してきたのだ。それも、最初は中央の一箇所からだったのが今では複数個所に増えている。エアコンから弧を描いて水が落下する様は、さながら日本の伝統芸能の水芸のようだった。
「してるわ、毎回」
「そうか」
「これはもう故障よ。電機屋さんに来てもらわないと」
「いや……排水ドレーンのどこかが詰まってるんだろう。たぶん」
「――詰まってないわよ」
「うん……」
「……さぁ」
「あ……」
こちらに一緒に住んで以来、そういう機能については既にすっかり失念していたジョーだった。
それが良いことなのか悪いことなのか、今はまだわからない。
「てことはやっぱりフィルターを洗うのが一番だろ」
「昨日洗ったばかりよ」
「壊れかけてたから置いていったのね。きっと」
電気料金の問題もあるし。
「うん?」
「アイスが美味しく食べられるの」
過去、そんな彼女の存在にずいぶん助けられたものだった。
「ええ。ほら、エアコンが入っていたら寒くなっちゃうでしょう。だから――」
ふと互いの目が合った。
「え、と、その、だから……」
「……うん?」
「暑いほうが、美味しい……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「もうっ、ジョーのばかっ」
「嘘よ、目がいろいろ語ってるの!」