「ただいまぁ。――あら?ジョー?」 いないのかしらと訝しそうに部屋に入って来たフランソワーズ。 「あ、いたのね。閉め切っているからてっきり出かけているのかと思ったわ」 暑くないのと首を傾げるその喉元にジョーは視線を向けた。 「――暑くないよ」 底光りする瞳にフランソワーズが気づいた刹那、まるで噛み付くようにジョーが彼女の首筋に顔を埋めた。 「えっ?ちょっ……ジョー?」 戸惑うフランソワーズに構わず、ジョーはそのまま彼女をタタミに押し倒した。 「えっ?なに?なんなの、どうし――イタッ」 首筋を軽く噛まれ、フランソワーズは顔をしかめた。 「ジョー?ねぇったら」 しかしジョーは無言である。無言でフランソワーズの首筋を吸う。 「ん。レッスンで汗かいちゃったしちょっと待って」 どうもこうもなかった。ジョーはただ欲望のおもむくままにフランソワーズを組み敷いているのだ。昨日今日の関係ではないのだから、フランソワーズももちろんそんなことは先刻承知である。が、それにしてもあまりに唐突だったから、若干の抵抗を試みた。 試みようとした。 が。 なんだかちょっと変である。否、変というより―― ――何があったのかしら。 と、フランソワーズを少し冷静にさせた。 「あの、……ジョー?」 おそるおそる尋ねてみるものの、もちろん相手にはされない。だからフランソワーズはフランソワーズなりに答えを見出そうと今現在のジョーの様子を観察してみた。
ジョーが少し身体を離し、荒い息の下から彼女の名を呼んだからだ。 許可を求めている。 こうして性急に身体を合わせようとしているにもかかわらず、いつもの手順を踏もうというのがジョーらしいといえばジョーらしい。 「あの……」 でも、何か変だ。 何しろジョーは、未だに彼女の状態を確かめてはいないのだ。なのに、もう繋がる気まんまんなのだ。 「ジョー。ちょっと待って」 まだ私の準備がと言いかけて、ふと視線を下に移して心底驚いた。 「え……と」 何度も言うが、ふたりとも着衣のままである。そしてジョーはずっとフランソワーズを貪ることに夢中だったはずだ。両手は彼女の手首を掴んで自由を奪っていた。にもかかわらず、彼のジーンズはボタンがはずれジッパーがおろされ今にも脱げそうな状態になっているのである。 この早業はいったいなに? 性急なのにもほどがあるでしょうと思ったけれど、ジョーが苦しそうに唸ったので彼に視線を戻した。
フランソワーズは今にもどうにかなってしまいそうに張り詰めている彼をじっと見つめ、その頬にそっと手を伸ばした。彼女の手首を掴んでいたジョーのちからは既に緩んでいた。
そう訊きたかった。 が。 ――きっと、今そんなことを訊いてはいけないんだわ。 なぜかそう確信した。 「……苦しいの?」 その縋るような瞳が切なくて、フランソワーズは彼の頬を指先で撫でた。 「わかったわ」 指先を彼の唇に触れる。 「先にキスしてくれなくちゃイヤ」
なのに今日は。 ジョーはちょっと笑うと小さくごめんと言った。 フランソワーズの唇が自分の温度と同じになるまで。
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「もうっ……バッカじゃない」
フランソワーズが体を起こし身繕いする。 「私は一生、ジョーとしか一緒にアイスを食べちゃダメなんですか」 いつもなら、そんなことないよゴメンと謝ってしまうジョーである。が、今日の彼はいつもと違っていた。 「その通り」 憮然としてそう答えたのだった。 「きみは一生僕としかアイスを食べてはいけない」 なんなのだ、今日のジョーは。 「それは……困るわ。服がくしゃくしゃだし。心の準備だって……」 とはいっても、性急に求めてくるジョーが嫌いなわけではない。どちらかと言えば、ほんのちょっと好ましい。が、だからといって頻繁にこうなるのは迷惑だった。 「だったら誓って」 これから先の人生、ジョーとしかアイスを食べません。って? 誓う? ……変なの。 大袈裟なわりには小さな話である。 ――彼にとって、重大な……こと? はっとした。 ジョーが何にこだわっているのか、何をそんなに重要視しているのか。
バカと言われて憮然としている彼の首筋に腕を回す。 「わかったわ。誓うわ。誓います。私はジョー以外の誰ともアイスは半分こしません。これから一生っ」 だって。 あの夜、一大決心のように提案してきたジョー。 大好きなジョー。 そんな彼との距離がまた少し縮まったあの夜。 「ジョーも誓ってくれる?」 誓うよと耳元で囁いて。 そうしてキスをかわして見つめ合った。
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