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「イケナイ花火大会」

新ゼロ・旧ゼロ ミックス。
どれが誰の一人称か予想しながらどうぞ!
(注:旧ゼロのふたりはまだお互い「片思い」の頃です)

 

ギルモア邸のリビングで、僕とナインは特に何をするともなく、ただ黙ってソファに座っていた。
時々、お互いに腕時計を見るくらいで動かない。

部屋の中には、カチコチと時を刻む大時計(そんなもんあるのか?)の音だけが響く。
開け放したフランス窓からは潮風が流れ込んでくる。
夕刻とはいっても、夕闇にはまだ少し早い、黄昏時だった。

何故、僕とナインが揃ってリビングで黄昏ているのかというと、もちろん、急に仲良くしたくなったからではない。
そうではなくて、ある共通のミッションを控えているからだった。

「――遅いな」

僕がチラリとドアに目を向けると、ナインはフンと肩で息をした。

「そう急くなよ。どうしたって待たされるのさ」

知ったような事を偉そうに言うので、僕は黙った。

更に数十分が経過する。

僕は立ち上がった。

「オイ、どこへ行く?」
「いくら何でも遅すぎる。まさか何か――」
「いいから座ってろよ。何にもないって」
「しかし」

僕とナインが押し問答していると、リビングのドアがさっと開いた。


 

「お待たせ。――あら、仲がいいのね」

ドアを開けると、リビングではジョーとナインがお互いの肩に手をかけ、とても仲良さそうに何かを話し合っていた。

「――あ」

二人同時にこちらを向いて――動きを止めた。

「・・・えっと」

ちょっと困る。
だって、こういう時どうすればいいの?
009ふたりの視線が絡みつく。
隣にいるスリーを見ると、スリーもこちらを見ていた。目が合う。

「ジョー、あの」
「ナイン、お待たせ」

お互いの声がかぶる。
けれども、二人の009は二人の003の声をちゃんと聞き分けたようで

「あ。フランソワーズ」
「遅いぞ、スリー」

やはり声はかぶったけれど、それぞれの相手にきちんと答える。
そして、お互いに見つめ合った。009と003で。

「あの・・・」
「あのさ・・・」

私が口ごもると、ジョーも口ごもった。
言葉を続けられず、ドアの所で立ちすくんでいるとジョーがゆっくりとこちらにやって来た。

「――あんまりキレイでびっくりした」

じっと見つめてそんな事を言うから、心臓が一センチ跳ねた。
かっと頬が熱くなる。

「やだ。・・・そんなに見ないで」
「どうして?――顔見せて」

俯いてしまった私の頬に手をかけて、そうっと上向かせる。
ジョーの顔を見ると、やっぱり・・・先刻からずうっと目を離してくれていなかった。
あんまり見つめるから、顔に穴が開きそうよ。

「――可愛い」
「もうっ・・・ジョーったら」
「ホントだよ。――困ったな。出かけたくなくなった」
「・・・バカ」

そうして、私の頬にキスをひとつ。

「他の奴に見せたくない」

ジョーったら。
私の浴衣姿を見るのは、初めてじゃないでしょう?


 

隣にいる009を見ると、見事に固まっていた。

――フン。
003があんまりキレイで可愛いから見惚れているな。

でも僕は、ついこの間スリーの浴衣姿を見たばかりだから(*1)免疫がある。
もちろん、目の前にいるフランソワーズも凄くキレイだけど、僕はやっぱりスリーの可愛さのほうが勝っていると思うんだよな・・・。と、フランソワーズを見てから、彼女の隣のスリーに視線を移動させた。

 

凍りついた。

 

なっ・・・何なんだよ、その格好は。

この前と全然、違うじゃないか!!

 

浴衣は白地に金魚の模様で、帯はピンクで・・・髪は何だかくるんとしてて、片方の耳の脇でひとつにまとめて肩に流れている。
子供っぽいような、大人っぽいような・・・何だこれは!!

僕はただ呆然とスリーを見つめていた。

 

*1 旧ゼロSS「七夕祭り」


 

ナインが変な顔をしてこっちを見ている。
やっぱり変だったのかな。この格好。

今日は、フランソワーズが浴衣を着るというのでそれを手伝って、そして二人でお互いの髪のセットとメイクをあれこれ試しながら施した。
この髪もフランソワーズが巻いてくれて、毛先がうまくくるんってなって我ながら可愛くできたと思っていたのに。

やっぱり・・・変だったのかな。

ナインの視線から逃れるように、隣のフランソワーズを見つめる。
彼女は髪をポニーテールにしてて、やっぱり毛先は私と同じようにくるんって巻いている。
浴衣は白地に小さい花が散っていて、帯は濃紺。
とても似合っていて、本当にキレイ。だってジョーは、ずうっと彼女に見惚れている。
さっき聞こえちゃったけど「カワイイ」って言っていた。

――うらやましい。

いいなぁ・・・。

でも、フランソワーズは本当にキレイだから、当たり前よね。

そっとため息をついて前を見ると――先刻と寸分違わぬ格好のまま、ナインがこっちを見ていた。


 

困った。

本当に、どこにも出かけたくなくなった。
彼女を誰にも見せたくない。僕以外の奴には特に。

 

――僕以外の奴。

 

はっとして、思わずナインの方を見る。
しまった。
おそらく彼もフランソワーズから目が離せなくなっているのに違いない。

――僕のフランソワーズだぞ。勝手に見るな。

思い切り睨みつけたけれど、ナインはこちらの方なぞ見ていなかった。
見ていないなら見ていないで、それはそれで何だかすっきりしないのは何故だろう。

僕のフランソワーズだぞ。こんなにキレイで可愛いのに、何で見惚れないんだよ?

彼の視線の先にはスリーがいた。
彼女も物凄く可愛かった。
大人のような子供のような・・・僕のフランソワーズとはまた違った雰囲気で。

だが、いただけないな。
ただぼーっと見惚れているだけとは、全くなってない。
ホラ、彼女は不安そうじゃないか。
キレイとかカワイイとか、いくらでも言い様があるだろうに。

でも、僕が代わりに言ったりはしない。何しろ、僕には・・・

「きゃっ。ジョー、だめよ」

フランソワーズの腰を抱き寄せる。

「せっかく着たのに、着崩れちゃうわ」
「いいよ、別に」

そうしたら出かけなくてすむかもしれない。

「イヤよ。浴衣着て花火大会に行くの楽しみにしてたんだから」
「・・・ハイハイ」

仕方なく、彼女の首筋から唇を離す。

「もうっ・・・ジョーのばか」

赤くなったところも本当に可愛くて――やっぱり、出かけたくなかった。


 

「・・・ナイン?」

どうかしたの?と心配そうに聞かれ、僕ははっと我に返った。
つい――見惚れてしまっていた。
ついでに息も止めていたようで、声をかけられてやっと大きく息をついた。

「な、何でもない」

そう言いつつも、スリーから目を離すことができない。
大体、何なんだよその格好は。そんなの――そんなの、反則じゃないか。
普段、何もしなくても十分カワイイのに、そんな格好をされたら僕はどうすればいいんだ。
可愛いスリー。キレイなスリー。可愛くてキレイで・・・・
ずっとそう言い続けなければいけないのか?冗談じゃない。

だから僕は、ぎゅっと唇を結んで何も言うまいと心に決めた。

「あの・・・髪、フランソワーズに手伝ってもらったんだけど、変・・・?」

イヤ。凄くキレイだ。

「え・・・と、浴衣も子供っぽいかな、やっぱり」

可愛いよ。よく似合ってる。

「・・・・・・・」

どうした?

下を向いてしまったスリーを持て余す。

いったい急にどうしたというんだ?――腹でも痛いのか?

「スリー?」
「・・・・・・の?」
「え?」

聞こえない。

「・・・どうして何も言ってくれないの?」

え。

「似合ってないなら、そう言って。――着替えてくるから」

あ、ち、違うよ、スリー。

みるみるうちにスリーの大きな瞳に涙の粒が盛り上がり、こぼれそうになった。


 

どうしてナインは何も言ってくれないんだろう。
この前、キレイって言ってくれたのは、やっぱりただの社交辞令だったのかな。本気にした私がバカなのかしら。
何にも言わず、むすっとしたままのナインにいたたまれなくなる。
隣に、フランソワーズとジョーが居て――とても仲良くしているから、余計に今の自分が情けなくなった。
思わず鼻の奥がつんとして――みるみる視界がぼやけていった。

あ。泣く。

そう思った時には、涙の粒が盛り上がってきていた。
泣いたらナインを困らせてしまうのに。
でも・・・困ってもらったほうがいいのだろうか。たまには。
そんな事を思いつつまばたきしたら、涙がぽろっとこぼれた。

「――泣くなよ」

え?

頬を伝うはずだった涙は、目からこぼれる寸前にナインの指先で拭われていた。
両頬をナインの手のひらではさまれている。

「誰も似合わないなんて言ってないだろ?」

そう言って、再び私の目尻を指で拭う。そして、そうっと頬を撫でる。

 

「――似合ってるよ。この前よりもずっと」

 

ミッション以外で、こんなに――こんな風にナインと近付くことは滅多にないし、それにこんな近くでこんな声でこんな事を言われるなんて殆どなかったので――私は頭がくらくらしてきた。

「この前がダメだったって意味じゃないぞ。この前も、もちろん凄く似合ってて――キレイだったけれど、今日はその時よりもずっとずっと・・・キレイだ」

 


 

ジョーがなかなか離してくれない。
腰に腕を回したまま、どうやら離す気がないようだった。

「――カワイイ」

言って、頬にくちづける。

「出かけたくない」

そうして、耳たぶを軽く噛む。

「ダメよ。花火大会に行くんだから」
「ここからでも見えるよ」

それはそうだけど。

「でも、せっかく着たのに」

今晩、花火大会に浴衣を着て行くため、わざわざスリーに寄ってもらって着るのを手伝ってもらったのだった。

「もう十分、見たよ」

そのまま首筋に唇をつけたので、思わずジョーの顔を押し戻していた。

「ダメだってば。――もうっ・・・ジョーのばか」

ジョーは名残惜しそうに離れると、改めて私を見つめた。

「じゃあ、この続きは帰ってからにするけど・・・本当にそれでいい?」
「そ・・・」

それでいいに決まってるじゃない。花火大会に行くんだから。

「――本当、に?」

ジョーの甘い声がそうっと耳元で囁く。

「ほ・・・」

本当よ。というはずの自分の声はあまりに小さくて、ジョーの吐息に消されてしまった。

 

ジョーのばか。

 


 

結局、僕たちは花火大会には行けなかった。
イヤ――行かなかった。というのが正しいかもしれない。

あまりにもキレイでカワイイ二人の003を連れて出かけるのは危険だと、僕たちは「009として」判断したのだ。
このミッションはとても遂行できない。
僕とナインはお互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。

ナインの車にあった花火を持ち出し、ギルモア邸の前庭で小さな花火大会をすることになった。
二人の003はしばらく文句を言っていたが、僕たち009の決意は固い事を知ると、最後には009に従った。
即席の花火大会はそれなりに楽しく――途中、ロケット花火がギルモア邸目指して飛び出した時は少し焦ったけれど、なかなかスリリングだった――僕たちは、可愛くてキレイな二人の003を見ながら幸せな時を過ごした。

残るは線香花火だけとなったところで――さっきから遠くで聞こえていた打ち上げ花火の音もいつしか止んでいた。
フランソワーズとふたり、しゃがんで線香花火を見つめる。

「キレイね」
「そうだね」
「――今日は楽しかったわ」
「うん」

小さな光が照らし出すフランソワーズは幻想的で、今にも闇に溶けてしまいそうな儚い存在に見えた。

――冗談じゃない。彼女を闇にさらわれてなるものか。

だから僕は、そうならないように・・・

「あっ。――もう。ジョーが動くから、消えちゃったじゃない」

その声を塞いでしまう。

きみがいつまでもどこにも行かないように。

僕はきみの温もりを確かめた。

 

 

この前、セブンが勝手に買って置いていった花火がこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
結局、僕たちは花火大会には行かず、自分たちで花火大会を開催していた。
二人の003は最初は不満そうだったけれど、最終的には「009」に従った。

花火の光に浮かび上がるスリーは、本当に――気をつけていないとずっと見つめてしまうくらいにキレイだった。

「もう、ナインたら・・・あんまり見ないで」
恥ずかしいわ。と頬を染めてしまう。

「いいだろう、普段、見られないんだから」

キレイなものを見て何が悪いんだ。

「あら。それって浴衣のこと?」
「浴衣だけのことじゃないさ」

何故か勝手につるっと言葉が出てしまい、僕は内心焦った。
案の定、スリーも何だかぽかんとしている。

「え、と、つまり」
「・・・ナインたら」

そうっと僕の腕に手をかける。

「浴衣なんて、この夏いくらでも着られるわ」

そうかもしれない。

でも。

「それは、僕のために?」
「え?」

きょとんとしたスリーに、何でもないよと微笑む。
彼女にはまだわからないだろう。
だけどいつか――僕がきみをこんなに愛しく思っている事を知っても怖がったりしないようになったら――ちゃんときみに伝えるよ。

大事で大切で仕方ないということを。

 

2008.7.19-21 海の日連休スペシャル・拍手ページ初出