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「元カレ」

 

 

「――フランソワーズの元カレ?」

作戦を立てている時だった。
今回のミッションはフランス、それもパリである。
違法なウイルスの人体実験を続けているラボがある――という001の情報により、まずは潜入捜査をすることになった。
情報の真偽を確かめなくてはならないし、そこにネオブラックゴーストの意志があるのかどうかも謎のままなのである。

偶然にも、その実験を統べる男が、どうやらフランソワーズの知り合いのようだった。
従って、潜入調査をするのは003、という事に決まった。
できるだけ多くの情報を得て欲しい――というのが、001を始めとする全員の意思だった。
しかも、手段は選ばない。変装して職員になるのもヨシ、ラボの外で接触するのもヨシ。
全ては003に一任された。

 

フランソワーズの元カレ。

その可能性は十分にあった。
古い知り合いというからには、改造される前に知り合っているのに違いない。
しかも、微かに頬を染めているではないか。

 

「もうっ、ジェット。適当な事を言うのはやめて!」
「何だよ、元カレだろう?恥ずかしがらなくたっていいじゃないか」
「だから、違うってば!元カレなんかじゃ――」

じゃれあいのような遣り取りを交わす002と003を前に、009は無言だった。
頬を紅潮させ002に食ってかかる003をただじっと見つめている。

「照れるなよ。いいじゃないか、元カレだって」
「だから、違うって――」

やっと003が009の様子に気付いた。
009は前方を凝視したまま動かない。

「ホラっ、ジョーがおかしくなっちゃったじゃない!!」
「んあ?壊れたか?」
「もうっ、冗談言わないで。――ジョー?」

003が009の元へ駆け寄り、頬にそっと手を当てる。

「元カレなんかじゃないわ、ほんとよ?」
「――ウン」
「大丈夫だから、・・・ね?」
「――ウン」

ただ頷く事しかしない009。

「ジョー?」
「・・・・」

反応がない。
003は背後の002をちらりと睨むと、軽く背伸びをして――009の頬に唇をつけた。

「・・・フランソワーズ」
「良かった。壊れてないわね?」
「・・・本当にきみ一人で大丈夫?」
「大丈夫よ。ジョーは日本で待っててね」
「うん・・・」

それでもいつもの元気がない。

「もう、ジョーったら。私のこと、信じてないの?」
「信じてるよ。だけど・・・」

003の腰に腕を回して軽く抱き締める。
その腕の中で、009を見つめ彼の頬に手をあて説得する003。

「手段を選ばない、っていうのが気になる」
「あら、どうして?」
「・・・向こうがその気になったらどうするんだ」
「ちゃんとお断わりするわよ?」
「情報奪取がかかっていても?」
「うーん・・・そうねぇ・・・」
「フランソワーズ」
「ばかね。そんな訳ないでしょう?私にはあなたがいるんだから」
「いなかったらそうなるかもしれない?」
「――もうっ。ジョーったら。やきもち妬きすぎ」

ちゅ。と音をたてて009の唇に軽くキスを送る。

「やっぱり、僕も一緒に行くよ」
「駄目よ、そんなの」
「僕だって潜入捜査くらいできるさ」
「ううん。絶対に駄目」
「だけど」
「来たら許さないわよ?」

めっ、と軽く睨んで009の腕から逃れた。

「――終わったか?」

二人の遣り取りをうんざりしたように見ていた002から声がかかる。

「ええ、大丈夫よ」

他のメンバーもほっとしたように息をついた。
このような遣り取りには慣れているのだ。
過去に一度、それを遮った時は009が全く使い物にならなくなった。
以来、003が「大丈夫」と言うまでは、作戦会議の進行が滞っても待つことに決まったのだった。

 

***

 

二週間後。

フランソワーズはパリにいた。
隣にいるのは、ラボの責任者である彼である。
腕を組んで並木道を歩くその姿は、遠目に見ても、近くで見ても、誰が見ても恋人同士のそれだった。

「――じゃあ、今はその実験はやってないのね」
「ああ。もうワクチンも出来上がったしね」

結局、ネオブラックゴーストとは無関係であった。
「違法なウイルス」の正体は、「インフルエンザウイルス」だったのだ。

「それにしても、違法って聞いたから驚いたわ」
「違法じゃないよ。新型ってだけで」

新型のウイルスであり、ワクチンの完成を待たれていたのである。

「特効薬がないから、予防するしか手がなくてさ。しかも、今年の流行はどうもそれらしいっていうし」

毎年、冬から早春にかけて流行するインフルエンザ。
ワクチンは、その年に流行するであろう型を予想して作られるのである。
「インフルエンザ」とひとくちに言っても、同じものではない。
毎年、少しずつ変性しており、昨年有効だったワクチンも今年は全く効果がない。
従って、ワクチンはそれぞれのラボが「インフルエンザ」の変性を予想した上で作られるのである。

「間に合ってよかったわね」
「フランソワーズのおかげさ」
「あら、私は何もしてないわ」

ラボに潜入したのは、いち事務員として雑務をこなすだけのためだった。
即ち、

「お茶を淹れてただけじゃない」

ということである。

「それでもさ。野郎ばかりだったから、ありがたかったよ」
「ま。そうは思ってないくせに」
「思ってる、って」
「だって、あなたって――」

軽くじゃれあいながら歩いていた二人の目の前に、ゆらり、と人影が現れた。

「――フランソワーズ」
「ジョー!?」
「迎えに来た」

数週間ぶりに会う009は、笑顔は以前と変わっていないものの、どこか憔悴したような疲れ切ったような目をしていた。

「迎えに、って・・・」

フランソワーズは、まだ腕を絡めたままの彼と、目の前の恋人を交互に見つめた。

「・・・来たら駄目、って言ったじゃない」
「でも、もういいだろう?」
「明日帰るつもりだったのよ」
「だったら、一日くらい早くてもいいじゃないか」
「一日くらい、待てるでしょう?」

フランソワーズは隣の彼を見つめ、慌てたようにその腕をぎゅっと抱き締めた。

「――待てない、よ」

そんな二人の姿を目の前で見て――ジョーの瞳は更に曇った。

「・・・それとも、一日でもその彼と別れるのが辛い?」
「え?」
「本当の事を言ってくれ」
「本当の事、って・・・」

困ったようにジョーを見つめる。が、隣の人物の腕は抱き締めたまま離さない。

「――気が変わったなら、そう言ってくれ」
「気が変わった、って・・・いったい何のことか」

意味がわからず、ただ鸚鵡返しに答えるだけのフランソワーズ。
と、その時、腕を絡めたままの隣の彼が一歩前に出た。

「フランソワーズ。こちらの彼は?」
「えっ、――あ」

ちらりとジョーを見つめる。
そして、隣の彼を見つめ。

「あの」
「彼女の友人です」

言い淀んでいると、さっさとジョーが答えた。

・・・友人?

「フランソワーズのお友達ですか。――良かった。フランソワーズ、こんな素敵なお友達がいるの、どうして隠してるの」
「か、隠してなんか――」
「ホラ。紹介して頂戴」
「イヤ」
「んま、ケチね」
「イヤなもんはイヤなの!」
「あらそう、だったらいいわ。自分で言うから。――ねえ、フランソワーズのお友達さん、もし良かったら」
「駄目っ!!」

その途端、突き飛ばすように彼の腕を離し、フランソワーズはジョーの目の前に立ち塞がった。

「それ以上、近寄らないで!」
「相変わらず乱暴者ね、フランソワーズは」
「駄目っ、来ないで、ってば!」
「アナタは関係ないでしょう?――用があるのはそっちのカレシ」
「ヤダってば!」

フランソワーズは今度はジョーの方に向き直り、その胸を両手で思い切り押した。
はずみで軽くよろけたものの、ダメージが全くないジョー。驚いたようにきょとんとフランソワーズを見つめている。

「・・・フランソワーズ?」
「もうっ、どうしてここに来たのよ?」
「えっ?だからそれは――」
「ああもう、いいから早くどっかに行っちゃって!」
「どっかに行け、って・・・俺はお邪魔虫って事か」
「そうじゃなくて!」
「しかし」

「そうよ。お邪魔虫はアナタのほうよ、フランソワーズ」

肩に手をかけられて、フランソワーズはびくりと肩越しに振り返った。
血の気が引く。

「・・・ヤダ、まさか本気になってる・・・?」

その声に、訊かれた人物は大きく頷いた。

「だって素敵なんだもの」
「いやーっ!!」

その瞬間、フランソワーズはジョーをぎゅうっと抱き締めていた。

「駄目っ!!ジョーに触らないで!」
「いいじゃない。ただのお友達なんでしょ?」
「違うもんっ」
「だってこのカレシが自分でそう言ってたけど?」
「そんなの嘘なのっ」

ぎゅうぎゅう抱き締めているのに抱き締め返しはしないジョーを見上げ、フランソワーズは泣きそうになった。
ジョーの目がこっちを見ていない。

「だって、ジョーは私のだもん!!誰にもあげないっ」

「え・・・フランソワーズ?」
「もうっ、ジョーのばかばか」
「ばか、って・・・」

戸惑ったように答えるジョーの声に、声がかぶった。

「ええっ?カレシ、フランソワーズのなの?・・・もう。一目惚れだったのに」

「・・・・・・・・・ひとめぼれ?」

呆然と彼を見つめるジョーに構わず、言葉が続く。

「――全くもう。どうしていっつも好みが被っちゃうのかしら。だからヤなのよ。アナタといるのは」
「それはこっちの台詞よっ。それに――もう、いい加減、言葉を戻したらどうなの?」
「大きなお世話」

フン、と横を向く。

「――あの、フランソワーズ?」
「もうっ!」

ジョーの胸を拳で叩く。

「だから、パリに来ないで、って言ったのに!」
「え・・・と、話が見えないんだけど?」

蒼い瞳がジョーを睨む。

「元カレなんかじゃない、って言ったでしょう!?彼はね、男の人が好きなのよ!」
「・・・・え?」
「しかも、いっつもいっつも、私と好みが被っちゃうの!だから、絶対、ジョーには来て欲しくなかったのに」
「え・・・と」
「やっぱりジョーに惚れちゃったじゃない!!」

 

***

 

「・・・本当のことを言ってくれれば良かったのに」
「言ったら信じた?」
「うーん・・・。それは難しい問題だな」

約二週間、日本でやきもきしていたジョーが、任務を終えたという報告を受けてすぐにパリにやってきたのは当然といえば当然の事だった。
ずっと声も聞いていないのだ。しかも、フランソワーズは「元カレ」と一緒に居る。とても落ち着いて待てる状況ではなかった。
もし、事情をフランソワーズから聞いていたら大丈夫だったかというと、それも自信がなかった。
彼女が自分に心配をかけないためについた嘘だと思ったかもしれない。

「どうしてもう一日待てなかったの?」

それには答えず、ジョーはフランソワーズの肩を抱き寄せた。

「迷惑だった?」
「まさか」

フランソワーズは立ち止まって、ジョーの頬にキスをする。

「・・・なんだか不思議な気分」
「何が?」
「こうしてパリの街をあなたと歩いているなんて」
「前に一緒に来たじゃないか」
「あの時は、・・・私から腕を組んだのよ?」(「あした鳴れ愛の鐘」参照)

あなたってば、それが当然みたいな顔をしちゃってて。

軽く頬を膨らませたフランソワーズの髪にお返しのキスを送り、ジョーは彼女を更に引き寄せた。

「――うん。そうだったね」
「そうよ」

再び歩き出す。

「・・・ジョーが来ちゃったから、予定変更だわ」
「予定?」
「今夜は兄さん孝行するつもりだったのよ」
「ゴメン」
「そうよ。外に食べに行くつもりだったのに。ジョーがいたら、無理だわ」
「俺に構わず行けばいいじゃないか。――ホテルもとってあるし」
「ホテル!?」

足を止め、まじまじとジョーを見つめる。

「バッカじゃない。ホテルなんて。いい?今すぐキャンセルしなくちゃ駄目よ?」
「いいよ。俺は別に――」
「違うわよっ。・・・もう、どうしてわからないの?」

そう言うと、フランソワーズは強引に彼の唇に自分の唇を押し付けた。

「私が、ジョーと一緒にいたいのよっ・・・」

 

***

 

「ただいま」

アパルトマンへ帰り、リビングのドアを開け顔を出す。

「あれ?早かったな」
「ええ、ちょっとね」

わけを説明しようとした妹の背後に茶色の髪を見つけ、ジャン兄は素早く立ち上がった。

「ジョーじゃないか!何だ、どうしたんだ?」
「え、あ――御無沙汰してます」
「何だ、堅苦しいこと言うなよ。今年も年末はこっちに来れるんだろう?」
「あ、はぁ・・・」

ジョーの肩を抱き寄せるように拉致する兄に押しのけられた妹は、憤然と両手を腰にあてた。

「ちょっとお兄ちゃん!!ジョーは私に用があるのよ!」

しかし、二人は構わず早々にワインの栓を抜いている。

「ジョーも!私に会いに来たんじゃないの!?」

けれども反応がない。再会の喜びを交し合っている。

「もー!だからジョーがこっちに来るのはイヤなのよっ」

兄とジョーの仲がいいのは結構だけど、結局、兄にジョーをとられ一晩飲み明かすことになるのだ。自分はさっさと自室に追いやられて。

「・・・もうっ」

そのまま空港へ向かえば良かった・・・と後悔する003だった。