web拍手ページに載せていた小話です。
  ―1―   「ぐっ…――」 「ジョー!?」 フランソワーズは腰を浮かしたものの、ジョーにいったい何がおきたのかさっぱりわからない。 「ジョー!?」 フランソワーズか彼を抱き起こそうとした時、リビングのドア付近から声がした。 「なんだこれはっ」 ピュンマとハインリヒだった。 「フランソワーズ、いったい」 「いったいジョーに何をした?」 「お前、ジョーに何をした」 ジョーの傍らにあるのは確かに彼女の焼いたクッキーだった。     ―2―   「――容疑者は三名に絞られるね」 「まず、ジョーが食べたのはクッキーだということは間違いないね」 イワンが確認するかのように言う。誰も否やを唱えない。 「で、それを作ったのはフランソワーズ。と」 そこでフランソワーズが顔を上げて何か言いたそうにするのをイワンは制し、彼女の目の前まで下降した。 「わかってる。きみだけが作ったんじゃないよね。粉をふるったのはピュンマで、型抜きをしたのはハインリヒだった」 ピュンマとハインリヒが言う。 「そうだね。実際に卵やバターを混ぜたのはフランソワーズだから、何か混入させるとすればやっぱりそう――残念ながら、きみしかいないんだよ。フランソワーズ」 ピュンマが言うのにフランソワーズは首を横に振った。 「いいえ!違うわ、だって――」     ―3―   その日、午後のおやつにとクッキーを焼いたのはフランソワーズだった。 リビングにいるジョーの元へクッキーを運び、ソファに並んで座って談笑していた時の話であった。   **   「フランソワーズが焼いたんだ?いい匂いだね」 ジョーがクッキーをつまんでかじる。フランソワーズはその横顔を心配そうにじっと見つめていた。 「――うん。さくさくしてておいしい」 ジョーが差し出すクッキーを受け取り、フランソワーズは口に入れた。 「――ん。おいしいっ」 ほっとしたかのように笑うフランソワーズをジョーは見つめ、一緒に微笑みながら更に一枚クッキーを口に入れた。 そして。   「――ぐっ…」   **   というわけである。 ハインリヒが言うのにピュンマも頷く。 「ジョーは他に飲み食いしてないしな。フランソワーズ、いい加減何故ジョーをこんな目に遭わせたのか聞かせてくれてもいいんじゃないか」     ―4―   「もうっ、みんないい加減にしてちょうだい!」 「あのね。私も一緒に食べたのよ。このクッキー。何かが入っていれば私もどうかなってるはずでしょう?それに個別に何か注入したとしても、ジョーが自分で籠から取って口に入れたの。彼がどれを選ぶのかなんてわかるはずもないでしょう?」 しんと静まり返るリビング。 「じゃあ、いったい誰が――」 「う、ううん」 軽い唸り声とともにジョーがゆっくりと体を起こした。 「――あれ?みんなどうかしたのかい」 きょとんとして三人を見比べている。 「お前、いったい」 ぱくんとクッキーを口に入れ、ジョーはちょっと頬を染めた。そして照れたように頭を掻いた。 「いやぁ、だってさ。フランソワーズがあんまり可愛く笑うから」 でれでれに笑うジョーに男二人は冷たい視線を投げた。 「もうっ、ジョーったら!驚いたんだからっ」   ギルモア邸は今日もやっぱり平和だった。
   
       
          
   
         ジョーが胸のあたりを押さえ前のめりになった。
         そのままゆっくりとソファーから崩れ落ちる。傍らには食べかけのクッキーがこぼれた。
         その目の前でジョーはずるずると床に倒れこんだ。
         「いったいどうし――ジョー!?」
         リビングのソファの前で床に倒れこんだジョーをじっと見つめている。
         フランソワーズは何も言葉が出てこなかった。
         二組の目が問うように彼女をじっと見た。
         「わ、私にもわからないの」
         ――えっ?
         フランソワーズは目を見開いた。
         「何って…私は何も」
         「でもそれ、きみが焼いたクッキーだよね?」
         それを言うなら、テーブルの上にはクッキーが盛られた籠も置いてある。
         「いったい、ジョーに何をした?」
   
       
          
   
         リビングにクーハンがふわふわと漂う。
         その下に集うのは、フランソワーズとピュンマとハインリヒの三名。いずれも神妙な面持ちである。
         (注:イワンちゃんの言葉は本来カタカナになりますがメンドクサイので漢字にします)
         「でも僕は粉をふるっただけだし」
         「俺は型を抜いただけだ」
         「待ってちょうだい、私――」
         「フランソワーズ。言い逃れは無理だ。認めたほうがいい」
   
       
          
   
         途中、何か他の用事でキッチンに立ち寄ったらしいピュンマとアルベルトはそれぞれ彼女につかまって半ば強制的に手伝いをすることになったという。
         しかし、最終的にクッキーを焼いてジョーに供したのはやはりフランソワーズであった。
         「ね、食べてみて」
         「うん。もちろんいただくよ」
         「うふっ、良かった」
         「うん?何か心配だった?」
         「だって、ジョーの口に合うかどうかわからなかったんだもの」
         「そんな心配いらないよ。フランソワーズが作るものなら何でもおいしいんだから」
         「もうっ。そんなこと言うから、ジョーの評価はあてにならないのよ」
         「なぜ?」
         「だって、もし美味しくないものを作ってもおいしいおいしいって食べちゃうでしょう?」
         「しょうがないだろ、おいしいんだから」
         「だから私が言いたいのはそうじゃなくて」
         「はいはい。いいから、ほら。きみも食べたら?本当においしいんだからさ」
         「…ん」
         「だろ?」
         「ほんと。――ああ、良かったぁ」
         「クッキーが原因なのは明らかなんだから、やはりフランソワーズが犯人だろう」
   
       
          
   
         フランソワーズが半分怒って半分呆れたように言い放った。
         妙に疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
         「――あ」
         「そりゃそうだ」
         先ほどまでいっぱしの探偵気取りで宙に浮かんでいた赤ん坊は今はリビングの隅で眠っていた。
         と、その時だった。
         そうして、見ている前でよいしょとソファに座り直し、更には問題のクッキーに再び手を伸ばした。
         「うん?」
         「――は?」
         「胸の奥がぎゅうっと痛くなってさ。死ぬかと思ったよ」
         「ごめんごめん。でも、可愛すぎるフランソワーズが悪い」
         「あら、私のせいだっていうの?」
         「そうだよ。ほら、そうやってほっぺを膨らますのもナシだ。可愛くてつつきたくなるだろ」
         「やあね、もう。いいわよつついても」
         「ほんと?じゃあ――」
         「いやん、ジョーったら。くすぐったいわ」
         「ふふ」
         「ふふ」
