web拍手ページに載せていた小話です。

「サスペンスなゼロナイ」

 

―1―

 

「ぐっ…――」


ジョーが胸のあたりを押さえ前のめりになった。
そのままゆっくりとソファーから崩れ落ちる。傍らには食べかけのクッキーがこぼれた。

「ジョー!?」

フランソワーズは腰を浮かしたものの、ジョーにいったい何がおきたのかさっぱりわからない。
その目の前でジョーはずるずると床に倒れこんだ。

「ジョー!?」

フランソワーズか彼を抱き起こそうとした時、リビングのドア付近から声がした。

「なんだこれはっ」
「いったいどうし――ジョー!?」

ピュンマとハインリヒだった。
リビングのソファの前で床に倒れこんだジョーをじっと見つめている。
フランソワーズは何も言葉が出てこなかった。
二組の目が問うように彼女をじっと見た。

「フランソワーズ、いったい」
「わ、私にもわからないの」

「いったいジョーに何をした?」


――えっ?


フランソワーズは目を見開いた。

「お前、ジョーに何をした」
「何って…私は何も」
「でもそれ、きみが焼いたクッキーだよね?」

ジョーの傍らにあるのは確かに彼女の焼いたクッキーだった。
それを言うなら、テーブルの上にはクッキーが盛られた籠も置いてある。


「いったい、ジョーに何をした?」

 


 

―2―

 

「――容疑者は三名に絞られるね」


リビングにクーハンがふわふわと漂う。
その下に集うのは、フランソワーズとピュンマとハインリヒの三名。いずれも神妙な面持ちである。

「まず、ジョーが食べたのはクッキーだということは間違いないね」

イワンが確認するかのように言う。誰も否やを唱えない。
(注:イワンちゃんの言葉は本来カタカナになりますがメンドクサイので漢字にします)

「で、それを作ったのはフランソワーズ。と」

そこでフランソワーズが顔を上げて何か言いたそうにするのをイワンは制し、彼女の目の前まで下降した。

「わかってる。きみだけが作ったんじゃないよね。粉をふるったのはピュンマで、型抜きをしたのはハインリヒだった」
「でも僕は粉をふるっただけだし」
「俺は型を抜いただけだ」

ピュンマとハインリヒが言う。

「そうだね。実際に卵やバターを混ぜたのはフランソワーズだから、何か混入させるとすればやっぱりそう――残念ながら、きみしかいないんだよ。フランソワーズ」
「待ってちょうだい、私――」
「フランソワーズ。言い逃れは無理だ。認めたほうがいい」

ピュンマが言うのにフランソワーズは首を横に振った。

「いいえ!違うわ、だって――」

 


 

―3―

 

その日、午後のおやつにとクッキーを焼いたのはフランソワーズだった。
途中、何か他の用事でキッチンに立ち寄ったらしいピュンマとアルベルトはそれぞれ彼女につかまって半ば強制的に手伝いをすることになったという。
しかし、最終的にクッキーを焼いてジョーに供したのはやはりフランソワーズであった。

リビングにいるジョーの元へクッキーを運び、ソファに並んで座って談笑していた時の話であった。

 

**

 

「フランソワーズが焼いたんだ?いい匂いだね」
「ね、食べてみて」
「うん。もちろんいただくよ」

ジョーがクッキーをつまんでかじる。フランソワーズはその横顔を心配そうにじっと見つめていた。

「――うん。さくさくしてておいしい」
「うふっ、良かった」
「うん?何か心配だった?」
「だって、ジョーの口に合うかどうかわからなかったんだもの」
「そんな心配いらないよ。フランソワーズが作るものなら何でもおいしいんだから」
「もうっ。そんなこと言うから、ジョーの評価はあてにならないのよ」
「なぜ?」
「だって、もし美味しくないものを作ってもおいしいおいしいって食べちゃうでしょう?」
「しょうがないだろ、おいしいんだから」
「だから私が言いたいのはそうじゃなくて」
「はいはい。いいから、ほら。きみも食べたら?本当においしいんだからさ」
「…ん」

ジョーが差し出すクッキーを受け取り、フランソワーズは口に入れた。

「――ん。おいしいっ」
「だろ?」
「ほんと。――ああ、良かったぁ」

ほっとしたかのように笑うフランソワーズをジョーは見つめ、一緒に微笑みながら更に一枚クッキーを口に入れた。

そして。

 

「――ぐっ…」

 

**

 

というわけである。


「クッキーが原因なのは明らかなんだから、やはりフランソワーズが犯人だろう」

ハインリヒが言うのにピュンマも頷く。

「ジョーは他に飲み食いしてないしな。フランソワーズ、いい加減何故ジョーをこんな目に遭わせたのか聞かせてくれてもいいんじゃないか」

 


 

―4―

 

「もうっ、みんないい加減にしてちょうだい!」


フランソワーズが半分怒って半分呆れたように言い放った。
妙に疲れているように見えるのは気のせいだろうか。

「あのね。私も一緒に食べたのよ。このクッキー。何かが入っていれば私もどうかなってるはずでしょう?それに個別に何か注入したとしても、ジョーが自分で籠から取って口に入れたの。彼がどれを選ぶのかなんてわかるはずもないでしょう?」
「――あ」
「そりゃそうだ」

しんと静まり返るリビング。
先ほどまでいっぱしの探偵気取りで宙に浮かんでいた赤ん坊は今はリビングの隅で眠っていた。

「じゃあ、いったい誰が――」


と、その時だった。

「う、ううん」

軽い唸り声とともにジョーがゆっくりと体を起こした。

「――あれ?みんなどうかしたのかい」

きょとんとして三人を見比べている。
そうして、見ている前でよいしょとソファに座り直し、更には問題のクッキーに再び手を伸ばした。

「お前、いったい」
「うん?」

ぱくんとクッキーを口に入れ、ジョーはちょっと頬を染めた。そして照れたように頭を掻いた。

「いやぁ、だってさ。フランソワーズがあんまり可愛く笑うから」
「――は?」
「胸の奥がぎゅうっと痛くなってさ。死ぬかと思ったよ」

でれでれに笑うジョーに男二人は冷たい視線を投げた。

「もうっ、ジョーったら!驚いたんだからっ」
「ごめんごめん。でも、可愛すぎるフランソワーズが悪い」
「あら、私のせいだっていうの?」
「そうだよ。ほら、そうやってほっぺを膨らますのもナシだ。可愛くてつつきたくなるだろ」
「やあね、もう。いいわよつついても」
「ほんと?じゃあ――」
「いやん、ジョーったら。くすぐったいわ」
「ふふ」
「ふふ」

 

ギルモア邸は今日もやっぱり平和だった。