「今年の予定は?」
「可愛かったわ。赤ちゃん」 結局、今年の年末年始はパリで過ごしてしまったジョーであった。 が。 この一言はちょっとした不意打ちだった。 もちろん、甥の可愛さはジョーとて認めるところである。おっかなびっくり抱っこした時は、子供って本当に小さいんだなとしみじみ感動に似た思いを味わった。(そしてこんな小さい生き物を平気で置き去りにする親もいるんだと暗い気持ちになったのはまた別の話) しかし、それとこれとは違う話である。 そのはずだ。 何しろ、フランソワーズがパリに「通って」しまったら、自分は日本でひとりぼっちになってしまう。 それが「何度も」? そんなの耐えられる・耐えられない――と考えるのもイヤだった。 「え……」 黙り込んだジョーにフランソワーズは身を寄せて心配そうに続けた。 「…………へ?」 「パリってそんなに好きじゃない?」 「あ……イヤ……」 思いもしなかったのだ。 フランソワーズが思い描いている予定に自分も刷り込まれているなどとは。 ジョーは答えず、再び座席にもたれると目を閉じた。 脳裏にジャン兄の声が聞こえた。
本日何度目になるだろうか。
同じセリフをうっとりと口にするとフランソワーズは座席にもたれて両手を伸ばした。
「ウフ、今年は何度もパリに通ってしまいそう」
日本へ帰る飛行機のなかである。
うっとりしているフランソワーズの隣にはもちろんジョーが座っていた。
もちろん日本でフランソワーズを待ちながら寝正月しているよりはずっと楽しかったのだが、まさかこれほど長居するとは思ってもいなかった。何しろクリスマスからずっと――およそ二週間のパリ滞在である。
やっと今日、日本に帰る。フランソワーズを伴って。
そのフランソワーズはというと、パリを後にしてからずっと甥っ子がいかに可愛いかを解説しているのである。そしてジョーはそれに律儀に相槌をうち、拝聴しているのであった。
「えっ?」
機内食を食べたあと満足そうに座席にもたれ、半分うとうとしていたジョーだったが一瞬で覚醒した。
思わず身を起こす。
「なんだって、フランソワーズ」
「えっ?――ウフ」
「ウフ、じゃなくて」
「ん…今年はパリに通ってしまいそうって言ったのよ」
「通う?」
「ええ」
「パリに?」
「ええ。きっと何度も」
「そ……」
それはジョーにとってはちょっとした衝撃だった。
そして悶々と待つのだ。フランソワーズの帰りを。
「ジョーはイヤ?」
そんなのイヤに決まってる。
が、嬉しそうなフランソワーズにそれをそうと言えるわけがなかったから、ジョーは黙った。
「何度も飛行機に乗るのはイヤ?」
ジョーの腕に手をかけ心配そうに顔を覗き込んでくるフランソワーズ。
その必死な顔を見て、ジョーはなんだか力が抜けた。
――俺も「込み」なのか。……
「ね。ジョー」
心配そうなフランソワーズ。
なんだかほっとしたのと同時に――胸の奥が温かくなった。
『お前も家族だろうが、ジョー』
――そうだな。
そうかもしれない。
「ウン……好きだよ、フランソワーズ」
そう呟くように言うと、ジョーはフランソワーズの手をそっと握り締めた。