「宇宙の中心で愛を叫ぶ」
2008年4月にピュンマ様部屋に掲載したお話を再掲♪
一人称はピュンマ様です。
    日曜日の午後。 久しぶりの休日だったので、朝から図書館に出かけ――前から読みたかった本を数冊借りることができた僕は豪く上機嫌だった。 「しんっじられないっ!!」 頭にキーンと突き刺さる黄色い声。 ――なに? 首を巡らせると、ソファにとぐろを巻いているジェットを発見した。 テーブルに本を置いてソファに腰掛け、窓際にいる若いふたりを見る。 確かに、ケンカしているようだった。 「――なんだよこれ。仲直りしたばっかりだっただろ?」 意図してあの二人の会話をシャットアウトしていたけれども、意識を向けると途端に耳に飛び込んでくる怒鳴り声。どうやらだんだん激高してきたらしく、更に声が大きくなっている。 ――が・・・・ 「・・・あのさ、ジェット」 そんな訳で、聞くともなく聞こえてくるケンカ内容を聞くはめになったのだけれども。 ・・・・・・・なんだかなぁ・・・・   ***   「ひどいわ、ジョー。約束したじゃない!」 やっと一瞬、静かになった。 「・・・やだ。泣いちゃだめ」 フランソワーズがジョーの頬に手を伸ばし、そうっと背伸びしてその頬にくちづけた。 「・・・もう、ずるいわ。泣きおとしなんて」   ***   そうして、宇宙よりも無限大な愛を確認しあったふたりは揃ってキッチンへ消えて行った。   ギルモア邸は今日も平和だった。  
   
       
          
   
         しかし、リビングへ一歩入った途端、
         そちらのほうへ向かいつつ、「何事?」と小さく訊く。するとジェットはにやにやしながら、両手の人差し指を目の前でばってん印に交差させ、声には出さず「ケンカ」と口の形だけで告げた。
         ――ケンカ?また?
         一方的に怒っているのはフランソワーズ。防戦一方のジョー。けれども、こちらも反撃意図は十分あるようだった。
         ともかく、今朝僕が出かける前までは――仲良くしていたはずだった。何しろ、ぴったりくっついて何やらひそひそ話していたのだから。
         「何が原因?」
         思わず訊いてしまう。するとジェットはにやにや笑いを崩さず、けっと喉の奥で言った。
         「それを訊くのか?」
         僕はじっとジェットの顔を見つめ――深い深いため息をついた。
         「いや、いい。・・・遠慮しとくよ」
         「賢明だな」
         「それより、他の連中は?」
         「――ああ。ジェロニモは庭にいる。アルベルトは――知らん。本でも読んでるんじゃないか」
         「ふぅん。で、君はここで何してるんだ?」
         「あ?俺か?俺様はだな、さっきまでDVDを観ていたんだがな――」
         録画してあったF1の予選ばかりを観ていたらしい。
         「ここで?部屋にデッキがあるだろう?」
         「こっちのほうが画面がでかいし迫力があるだろ?」
         「まぁ、そうだけど」
         で、あの二人がケンカを始めるまで全く気付かなかったらしい。
         そして気付いた時には、すっかりこの場から立ち去るきっかけを逸してしまっていた。
         「で?DVDは観ないのか?」
         テレビ画面は沈黙している。
         「ああ。――こううるさくちゃ見てられねーよ」
         「・・・まぁ、確かに」
         「おう、何だ」
         「・・・もしかしてあの二人、ずっとこんな調子なのか?」
         「こんな調子だな」
         「・・・・・・・ここにいるの疲れないか?」
         「疲れるよ」
         「だったら」
         部屋に行ったほうが・・・
         言いかけた僕は、ジェットのちっちっちという言葉と目の前で振られた人差し指に遮られる。
         「わかってねーな。ふたりの視界にちょっとでも入ってみろ。『ジェットはどう思う?』って第3者の意見を聞きたがるに決まってるさ。――前にそれで酷い目に遭ったからな。あいつらのケンカはおさまるまでにじっとしていることに決めたんだ」
         「それは・・・」
         ご愁傷様である。
         「してないよそんなの」
         「したわよっ!一緒に食べよう、って言ってたのに。だから楽しみにしてたのに!」
         「そんなの聞いてないし、言われた覚えもないぞ」
         「言ったもん!」
         「聞いてないね!」
         「だけど、だからって先に食べちゃわなくたっていいじゃない」
         「絶対美味しいから食べてみろって言ったのは君だろう?」
         「言ったけど、絶対美味しいから後で一緒に食べようねって言ったのよ!」
         「言ってないね」
         「言ったわよ」
         「聞いてない」
         「しんっじられないっ!!ジョーのばかっ」
         「ばかってなんだよ、ばかって」
         「ばかだからばかって言ったのよ!」
         「ばかって言った方がばかなんだよーだ」
         「ふんっ。ジョーったら小学生みたいねっ」
         「何だと」
         「だってそうでしょ?子供っぽいったらないわ!」
         「もう一度言ってみろ」
         「何度でも言うわよっ。ジョーのオコサマっ」
         「ふん。心が狭いオンナノコに言われたって別になんともないね!」
         「心が狭い?あなたに言われたくないわ」
         「一緒に食べるとか食べないとか、そんなのどうでもいいだろ?」
         「良くないわよ。――ははん、わかったわ。あなた、私の事なんて好きじゃないんでしょ」
         「はぁ?何言ってんの?」
         「だから、コイビトの言った事もすぐ忘れちゃうのよ。愛が足りないのよ、全然。私のほうがずーっとずーっとジョーの事を愛してるから!」
         「何言ってるんだよ?僕の方がずーっとずーっと好きなのに決まってるだろ?」
         「私の方があなたのことを好きなんだから、ま、しょーがないわねっ」
         「ち・が・う・だ・ろ??いいかい、よく聞けよ?僕の方が君の何倍も何倍も君の事が好きなんだぞ?」
         「私はその何倍も何倍も――地球より銀河系より、ずーーーーっとあなたの事が好きなんだから!」
         「ほーら、それだけだろう?僕なんか、銀河系を全部集めた宇宙全体より君のことが好きなんだからな!知ってるか?宇宙ってまだまだ無限大に広がってるんだぞ!それよりも更に僕の愛の方が上なんだからなっ!」
         「嘘ばっかり。だったらどうしてコイビトが言ったことを忘れるのよ?」
         「忘れてないってさっきから言ってるだろ?」
         「だって、一緒に「美味しいね」って言いながら食べたかったのに」
         「だから君はばかだって言ってるんだよ」
         「ひどいわ、ジョー。やっぱり私の方がずーっとずーっとあなたの事を好きだから、あなたは私への愛が足りてなくて」
         「だから、違うって、フランソワーズ」
         「知らない。ジョーのばか。嫌いっ」
         「嫌い、って・・・そんな事言ったら泣くよ?」
         「えっ」
         久しぶりのリビング内の静寂に耳が痛くなるようだった。
         「やだ。泣く」
         「だめだってば」
         「フランソワーズのせいだろう?僕がこんなに好きなの、わかっててそういう意地悪をするから」
         「意地悪なんてしてないでしょ?・・・もう。ジョーのばか」
         「ひどいな。・・・だからさ、後で半分こして一緒に食べればいいってさっきから言ってるだろう?」
         「・・・だって、このプリン大好きだったんだもん」
         「じゃあ、半分こじゃなくて三分の二あげる」
         「――スプーンは一個?」
         「ああ。一個だ」
         「・・・そう。なら、いいわ」
