「三時のおやつ」

 

 

「Audrey」からの帰り道。
バレエのレッスンですっかりお疲れモードのフランソワーズはシートにもたれてうとうとしていた。

「着いたよ。・・・フランソワーズ」

優しく肩を揺すられ、目を開けた。

「ん・・・ごめんなさい、寝ちゃったわ」
「いいよ。疲れたんだろう?昨夜もあんまり寝てないし」
「・・・誰のせい?」
「さあ?」

いたずらっぽく微笑むジョーに軽く唇を尖らせると、額にキスされた。

「ほら。ちゃんと寝ないと疲れが取れないよ」
「・・・ん」

そこで初めて、フランソワーズはここがギルモア邸ではないことに気がついた。

「ジョー?」
「ん?」
「・・・むこうに帰るんじゃなかったかしら」
「それは明日」
「・・・そうだったかしら」
「うん」

軽く欠伸をしながら車から降りる。手にはしっかり「Audrey」のケーキの箱を持って。
駐車場から部屋へ向かうエレベーターの中でも、フランソワーズは眠そうにぼやんとしていた。

「・・・眠い?」
「ん・・・」

何しろ、昨夜は殆ど眠っていない。更に、公演が近いためレッスンは厳しくなっており、いくらサイボーグとはいえ体力の限界に近かった。

「すぐ寝る?」
「・・・寝かせてもらえるの?」
「・・・・・・うん」
「いまちょっと考えたでしょ」
「イヤ、違うって。その、ケーキは食べないのかなって思って」
「・・・ケーキ」

お部屋で食べなさいと持たされた数々のケーキ。
そういえば結局、お店でケーキは食べられなかったのだ。ジョーに邪魔されて。

「・・・食べる」
「だろう?」

くすくす笑い合いながら、ふたり手を繋いで部屋へ入る。

テーブルに箱を置いて覗き込むフランソワーズの背後から、ジョーが腰に手を回して肩に唇をつけた。

「もう、ジョーってば。ケーキを食べるんでしょう?」
「ん・・・そうだね」

ジョーに構わず、箱を開けるとその中には「キス」の二文字を冠した名前のケーキばかりが入っていた。

「・・・萌子さんたら」

小さく呟くフランソワーズに頬を寄せ、ジョーが聞き返す。

「萌子さんたら、なに?」
「・・・なんでもないわ。ジョーには関係ないの」
「ふうん?」

更にきつく抱きすくめられ、フランソワーズは大きく息をついた。

「もう、ジョー。息ができないわ。手加減するの忘れてない?」
「忘れてないよ」
「でもこれじゃあ苦しいわ」
「――だったら」

くるりと自分の方を向かせると、フランソワーズの顎に指をかけ上向かせてじっと瞳を覗きこんだ。

「・・・これは?」
「え?」

そのまま唇を重ねられ、更に後頭部にジョーの手が優しくかけられてキスが深くなってゆく。

「・・・待って、ジョ」
「ダメだ」
「だって、ケーキがそのままっ・・・」

 

数十分後。

 

怒っているのか、ジョーの胸に体を預けて目をつむったままのフランソワーズ。
その髪を優しく撫でてキスをして。

「フランソワーズ?・・・眠い?」
「・・・怒ってるの。もう、ジョーのばか」
「ん?・・・だって、このケーキってそういう名前のケーキだろう?」
「・・・そうだけど」
「だったらそれに従わなくちゃ」

ジョーの言葉にフランソワーズはぱっちりと目を開けた。
そしてジョーの頬をむにゅっと掴む。

「ケーキの名前は「キス」にちなんだものでしょ?それ以上なんて書いてないわ!ジョーのばか」

びっくりしたように瞬きする褐色の瞳。

もう、ばかなんだから。――でも、好き・・・

 

 

 

2008/11/19 up , 2010/7/17 down, 2012/8/26re-up