「怖くないよ」

 

 

寝返りを打ったら予想しない熱源にぶつかった。


「・・・?」


ジョーは片目をこじあけた。


真夜中すぎである。
邸内は静寂の海に沈んでいた。


「・・・フランソワーズ?」


熱源の主は恋人だった。
が、珍しい。
自分のほうから彼女の部屋へ忍ぶことはあるが、こうして予告なく彼女がやってくるなどそうあることではなかった。

だからジョーは瞬時に緊張した。

何かがあったに違いない。
それにいち早く気付いた彼女が自分にそれを知らせようとやって来たのだろう。


「・・・どうした?」

周囲に意識を向けながら、低い声で訊く。何が起こってもいいように筋肉が臨戦体制にはいる。


「怖い夢をみたの」
「うん?」


予知夢だろうか。


「どんな夢」
「ん・・・忘れちゃった」
「!?」

顔を覗き込むと、甘えるように鼻を鳴らした。

「でも怖かったのだけ、覚えてるの。だから」


本当だろうか。

本当に、たったそれだけの理由で・・・?


「ジョー?ごめんね、起こしちゃったわね」
「いや・・・それはいいけど」

言わないだけで、彼女は何かもっと重要な事を隠しているのではないだろうか。

「ジョー、あの、・・・そんな理由で来たら迷惑?」
「えっ?」

迷惑とかそうじゃないとか、そういうことではないのだ。

「あの、・・・戻るわ、ね。ジョーの顔みたら安心したし」

するりとベッドから抜け出そうとしたから、ジョーは慌てた。

「いや、違う、そうじゃないよフランソワーズ」

フランソワーズがいぶかしげにジョーを見る。

「そうじゃなくて、その・・・こういう風に頼られた事ってないから、どうしたらいいのかわからなかった」


幼い時。

怖い夢をみても潜り込んで安心するような場所はなかった。
だから、ひとりで耐えるしかなかったのだ。


「だから、ええと・・・頭を撫でればいい・・・の、かな?」


戸惑うジョーにフランソワーズはにっこり笑った。

「ううん。ただ抱っこしてくれればいいのよ」
「抱っこ」
「そうよ」


それだけでいいのだろうか。

そういうものなのだろうか。


「それだけでいいのよ、ジョー」


そうしてフランソワーズは両腕を伸ばし・・・ジョーは彼女を抱き締めた。
優しく、ふんわりと。
壊れものを扱うように。


そして耳元で小さく言った。

 

 

「怖くないよ。・・・怖くない」


僕がそばにいるから。

 

 


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