「アヒルと一緒」
―1― 浴槽に浮かべた黄色いアヒル。 命名したのは、ジョーである。フランソワーズが一番最初に連れ帰ったアヒルであった。 ジョーの目の前を黄色い隊列が横切った。 ―2― 「ジョー。隊長が見てる」 「・・・」 顔をしかめてアヒルをつまみ出す。 「ほら。今日は隊長と遊ばなくちゃ」 そうして、アヒルを胸に抱いた。 ジョーはそれをむんずと掴むと間髪入れず放り投げた。 バスルームの壁に当たるアヒル隊長。 が、しかし。 フランソワーズがジョーを咎めるより早く、壁からはねかえったアヒル隊長がジョーの脳天にヒットした。 フランソワーズは大笑い。 ジョーはそのまま湯に沈んだ。 ―3― 「ジョーォ?」 フランソワーズは椅子に座り、髪を洗っている。傍らにはアヒル隊長が鎮座していた。 お湯のなかで言ってみるが、ジョーの声は空気に溶ける前にアヒル隊に阻止されてしまった。 「・・・邪魔だなぁ」 むっとして目の前のアヒル隊を見つめる。かなり険悪だった。 ――勝手に増殖したコイツらをどうしてやろうか。 その声が天に聞こえたかのように、ジョーの目の前からアヒルたちが消えてゆく。 天の使いは白い手の持ち主だった。 歌うように言って、アヒル隊専用カゴに次々と彼らを入れてゆく。 アヒル隊は仲良くカゴにおさまり、隊長はその一番上に鎮座していたが慎ましく彼らに背を向けていた。
フランソワーズはこのアヒルがお気に入りだった。
「・・・邪魔」
ジョーは顔をしかめてアヒルを除ける。
が、除けても除けてもアヒルは続く。
「・・・フランソワーズ」
「なあに?」
「俺の風呂が占拠されてる」
「何よ、俺って」
バスルームの扉越しに交される会話。
フランソワーズは持ってきたバスタオルを置くと、バスルームに首だけ入れて覗き込んだ。
中には渋面をつくったジョーが浴槽に沈んでいる。
「いったい、何匹連れて帰れば気がすむんだ」
アヒルの人形を「買う」ではなく「連れて帰る」と言うあたり、既にフランソワーズの影響を多分に受けているということにジョーは気付いていない。
「だって目が合っちゃったんだもの」
「だとしても、全部風呂に入れなくてもいいじゃないか」
「たまにはいいでしょ?」
「よくないよ。一緒に入るならアヒルよりフランソワーズの方がいい」
「だって、アヒル隊長を指名したのはあなたじゃない」
アヒル隊長。
以来、隊長とジョーはほぼ毎回一緒に風呂に入っていた。
「隊長はいいんだよ」
「あら、だったら部下もいなくちゃ」
「いらない」
「いるわよ」
「いいから、早く入って来いよ」
「まあ。命令するの?」
そういう言い方って嫌だわとブツブツ言うフランソワーズに、ジョーは小さく息をつくと、諦めたように言った。
「・・・って、アヒル隊長が言ってる」
「うふっ、隊長の命令なら仕方ないわね!」
なんで俺より隊長なんだ。
「隊長は口が固いから大丈夫」
「でも、他の子が・・・」
「隊長の命令なら聞くだろう」
浴槽の中でジョーはフランソワーズを捕まえていた。
波打つお湯。
波打つアヒル隊。
フランソワーズの首筋に唇をつけようとジョーが顔をよせたちょうどその時、一匹のアヒルがゆらゆらやって来て代わりに彼のキスを受けた。
そうして今度はフランソワーズを抱き上げ胸元に顔を近付けた。が、視界を黄色いもので遮られた。
「・・・フランソワーズ」
「だって隊長がそうしろ、って」
フランソワーズはジョーの顔に押し付けていたアヒルを離した。
「隊長が今日はダメって言ってるわ」
「そんなわけないだろ。俺と隊長は仲がいいんだ」
「そうかしら」
フランソワーズは手のなかのアヒル隊長と向き直った。そうして彼にキスをひとつ。
フランソワーズの胸に顔を埋めるアヒル隊長。
つんつん。
アヒル隊長の嘴でジョーの背をつつく。
「何拗ねてるのよ」
「・・・別に」
「のぼせちゃうわよ?」
「・・・フン」
先刻から、アヒルの群れの中に鼻先まで沈んでこちらを向かないジョー。
乳白色の湯に黄色いアヒルの群れ。そこに沈む金褐色の頭。
「・・・ジョーの髪の色ってアヒルと似てる」
「――何だって?」
「別に。何でもないわ」
「・・・まさか隊長がライバルになるとは思ってなかったよ」
一匹、一匹、また一匹、と。
「フランソワーズ?」
「ふふっ。隊長が集合をかけているのよ」
そうしていつの間にか、浴槽に彼らの姿はなくなった。
「はい、お待たせ、ジョー」
隣に滑り込んできたフランソワーズ。
ジョーはしかし視線をそらせたまま返事をしない。
「ジョー?」
今頃来たって絆されるもんか。
「ジョーォ?」
振り向かないジョー。
フランソワーズはそのジョーの頭に手をかけると、そのまま自分の胸に抱き締めた。
「えっ、なっ、ふ、フランソワーズ??」
「だってさっき、アヒル隊長にヤキモチやいたでしょう?」
「別にやいてなんか」
「だから今度はジョーの番っ」