「ありがとう、007」

注:これはテレビシリーズの「王女」編で、船上にいる王女と009を魚に化けた007がびっくりさせて二人の距離を縮める…というエピソードが元になってます。
日本版では009は無言で王女と寄り添うのですが、イタリア版ではなんと「グラッチェ」というセリフがあったそうな(なんてこと!)
そんなわけで、これはイタリア版の補完話となっております。

 

 

「ありがとう、007……ってなあに、ジョー」

「えっ…」


モナミ国の船上パーティ及びミッションから帰ってきたら、仁王立ちのフランソワーズに迎えられた。


「何ってなんのことかな」
「聞こえちゃったんですけど」
「……」
「知らないようだから教えてあげますけど、私、耳がすごーくいいの。遠くの会話も聞こえちゃうのよ、全部」
「ちがっ、あれは」
「あれはなあに?」
「…あれは」


もっと困ればいい。

フランソワーズはしどろもどろなジョーを見つめ、意地悪な気持ちになっていた。

一部始終は全部知っている。
誰あろう007が、事細かく語ってくれたのだから。


とはいえ。


自分はジョーを困らせて、で、いったい何をどうしたいのだろう?
ジョーが浮気をしたわけではないことはちゃんとわかっている。
かといって、キャサリンに本気になって気持ちを移したというわけでもない。

おそらく、ただの成人男子の当たり前の反応に過ぎないのだろう。
美人に抱きつかれてウハウハにならない男子はいない。


美人に。


抱きつかれて。


ウハウハ。


なんだかやっぱり腹が立ってきた。
ヤキモチではなく、これはおそらくただの理不尽な怒り。
いや、それともやっぱりヤキモチなのだろうか。


「……ジョーのバカ」


言いたいことはたくさんあったけれど、なんだかどうでもよくなって、フランソワーズはこのひとことだけ言うとジョーに背を向けた。


「え…フランソワーズ?」
「もういいわ。怒るのメンドクサイ」
「えっ」


美人に抱きつかれてウハウハな気分のまま眠ればいいんだわ。
きっと幸せでしょうよ。


「ジョーのバカ」


もう一回唱えてみたら、背後の気配がおとなしくなった。

でも振り向かない。

そんなの、いつものジョーの作戦なんだし、そうそうほだされたりしないんだから。

そうフランソワーズが思った時だった。


「きゃっ」


足元を大きなヘビが通った。
よろけたのをとっさに支えたのはジョーだった。


「大丈夫?」

「え、ええ…」


至近距離で見るジョーの瞳。


フランソワーズは溜め息をついた。
彼の瞳を見てしまったら終わりなのだ。

変な意地も、意地悪な気持ちも、全て消え失せてしまう。


「もう…ズルイわ」


ジョーも。

007も。


何故室内に突然ヘビが登場したのか、わからないフランソワーズではない。
あれはおそらく、二人の悶着を心配した007だろう。

でもこうして結果的に有耶無耶にして許してしまう自分もズルイのかもしれない。