「連休」
「連休なんて、寝ていたらあっという間よ?」 「わかっているなら、――ほら早く」 「あれ?フランソワーズ?」 まるで母親のような事を言う。母親なんて知らないけれどとジョーは思ったが口には出さない。 「そして車を出して出かけるの」 それを言うなら建設的だろうと思ったがこれも口には出さないジョーである。なぜなら、 「生産的と言うなら僕の提案のほうが生産的ではある」 言質をとれそうだからだった。 「いいかい?」 我が意を得たりとむくりと起き上がる。 「君が出かけたいのは消費のためだろう?それも己の欲望を満たすだけの極めて利己的な提案だ。生産的ではない。しかし僕が言うのは僕と君の二人の欲望を満たすものであり、しかも場合によっては生産的でもある――がっ」 最後の音はフランソワーズによる枕の投擲が鼻にヒットしたことによる。 「全くもうっ。どうしてこういうことになると饒舌なのかしら」 慌ててティッシュを引き抜きジョーの鼻に押し当てたところで、彼の腕に捕まった。 「ん!ジョー!離して」 ジョーの鼻の骨の無事を確かめようと彼の鼻を凝視しようとした瞬間、彼の手によって目隠しをされた。 「も、何するのよ」 当然ながら、その手のひら越しにスキャンは可能な能力である。 「知ってる。でも――君の気を逸らせれば見えなくなる」 目隠しされたまま口付けられ、確かに彼の鼻は見えなくなった。物理的に。 が。 「血の味っ」 ジョーの顔を押し退け、フランソワーズがいま一度彼の顔を凝視した。 「ひどいなあ。血の味っていったって、そうさせたのはフランソワーズだろ」 第三者行為、と小さく呟くがもちろん彼女には届いていない。 「――ん。大丈夫。大した怪我じゃないわ。さ、起き…何よ、何膨れてるの」 つんと背けた顔を両手で挟んでこちらを向かせる。 「ジョー?」 再度フランソワーズを押し倒しその上にのしかかる。 「いいから一緒に寝てようよ」 が、彼女の頬に落ちた赤い雫。 数分後、憮然とした表情のジョーは食卓について朝ごはんを食べていた。
惰眠をむさぼるジョーを両手を腰につけたフランソワーズが睥睨している。
「――連休なんて、寝ていたらあっという間だよ」
欠伸まじりにジョーがのほほんと答える。
が、同じ文面ではあるものの二人の意味するところは相反していた。
「わかっているならさっさと起きて」
シーツの隙間から伸びた腕がフランソワーズを捉えようとするが、彼女は慣れたように一歩退いていたから、虚しく空を掴んでいた。
「さっさと起きてごはんを食べなさい」
「……」
「えー。メンドクサイよ」
「いいじゃない。ずっとこうしてたって生産的ではないわ」
「……」
「それは欲望に根付いた非常にシンプルな…うわ、鼻血っ」
「ああもう、」
「やだね。僕は怪我人なんだ。看病するのは君の義務」
「どうしてよ」
「あれ?僕の怪我は誰のせいだっけ?」
「…怪我ってほどじゃないじゃない。アナタにとってはかすり傷でしょ」
「鼻血だよ?鼻の奥のどこかから血が出てるんだよ?もしかしたら折れているのかも」
「あなたまだ寝ぼけてるでしょ。私を誰だと思ってるの?怪我の程度なんてすぐに、きゃっ」
「これで見えないだろ?」
「――あのね。無駄なの知ってる?」
「え――あ、ちょ」
そしてそのまま押し倒される感覚。
有無を言わせぬ顔面スキャンであった。
若干の手持ち無沙汰にジョーはややご機嫌斜めになっていた。
「別に」
「だから僕は寝ていたいんだって」
「寝てたら連休なんてすぐ終わっちゃうわよ?」
「連休なんかすぐ終わっちゃうから寝てたいんだってば」
「あらそう、だったら好きなだけ寝ていればいいわ。私は出かけるから」
「誰とどこに」
「それは――」
「ああもう、いいから」
鼻血はまだ止まっていなかった。
その鼻には丸めたティッシュが詰まっており、ムードも何もないのであった。