「振られちゃえ」

きっと振られるわ。
私は彼の小さくなってゆく後ろ姿を見送りながら、呪文のように唱えていた。
心のなかで。
胸の前でぎゅっと両手を握り締める。
振られるわ。
絶対。
だって相手は王女様だもの。民間人が叶う相手じゃない。
それに身分が違いすぎる。
いくら王女だって、育ちも何もかも違う民間人を本気で相手にするわけなんて、ない。
振られるわ。
きっと。
振られちゃえ。
ジョーなんか。
でも、決めているの。
もし彼が振られて帰ってきても、絶対に慰めてなんかあげない。って。
慰めないわ。
髪だって撫でてあげない。
抱き締めるのだってしないし、もちろんキスだってしない。
ただひとこと
「忘れちゃえばいいんじゃない?」
って冷たく言うだけ。
そう決めているの。
強がっているわけじゃない。
悔しいわけでもない。
そうじゃない。
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「フランソワーズ、ただいま」
あっけらかんと彼が戻ってきた。
ほんの数分の後。
顔色はさっきと全く違わないし、何より気落ちもしてなくてむしろ・・・機嫌がいいみたい。
と、いうことは。
ジョーは振られなかった。
受け容れられた。
・・・って、こと?
そう思った途端、パニックになった。
だって。
振られると思っていたから、信じていたから、だから手を離したのに。
なのに。
ジョーはあっさりと私以外のひとの手を取った・・・ということになる。
そんなはずじゃなかった。
だって
だって
ジョーは。
「・・・ごめん、って言ってきた。あ、責めないでくれよ。だってそれしか思いつかなかったんだからさ」
ジョーが照れたように頭を掻く。
「こういうのって苦手なんだよ、ホント」
そうして私の顔を見た。
どうやら私が平常心ではないことに気がついたよう。
「フランソワーズ?」
どうかした?と顔を覗きこむ。
私は――情けないことに、顔を背けることができなかった。
だって、・・・ジョーは。
「怒ってる?」
「ううん」
「でも怖い顔してる」
「・・・そうかしら」
「うん。やっぱり、ごめんねって言うのは駄目だったかなぁ。・・・僕にはフランソワーズがいるから、ってちゃんと言ったほうがよかったかな」
でもそんなの言えないよ、と頬を掻く。
私は用意していたセリフがまったく使えないことに気がついた。
だから、いま彼に言うべき言葉を必死で探していたのだけど、どうしても見つからなかった。
だから、
「うん?フランソワーズ、どうし」
・・・だから、ジョーの首筋に抱きつくことしかできなかった。