「彼女の声」

 

 

僕は腕時計を見た。

・・・約束の時間まであと2分。

倒していたシートを戻し、くわえていた煙草を灰皿に押し付ける。
5センチだけ開けていた窓を全開にして、ドアを開けた。

そのまま降り立つ。


あと1分。


もうすぐ彼女の姿が見える。
僕には彼女のような目や耳があるわけではないけれど、それでも彼女の気配を感じることはできる。


少し小走り気味の足音。


いつも、そんなに急いで来なくてもいいのにと言うと、だって早く顔を見たいんだものと笑う。
毎日会ってるじゃないか、一緒に住んでるんだしと言っても、それとこれとは違うのよと言う。
何が違うのか僕にはわからないけれど、でも僕は、そんなふうにやって来る彼女が好きだ。

彼女を待っている時間も。

 

もうすぐ声が聞こえるだろう。

僕を呼ぶ彼女の声が。

僕はその声が好きで、名を呼んでもらうのが好きだ。
それに、いつだって彼女が僕を呼べばわかるんだ。


「ジョーっ!」


ほらね。


息せききって駆けてくる彼女。
僕はそのまま待っている。彼女が腕に飛び込んでくるのを。


「お待たせっ」


勢いそのままに飛び込むから、僕はいつも足を踏ん張って構えてなくてはいけない。
華奢に見えて、実は怪力なんだよな。


「なあに?また変な事考えてるでしょ?」
「考えてないよ。怪力だなあって思っただけで」
「ん、もう!」

軽く胸を突かれ、咳き込んだふりをしながら捕まえる。

 

僕のフランソワーズ。


僕は彼女を送り出すより、迎えに来る方が好きだ。

 

彼女は帰ってくる。

 

僕の胸に。