「俺の女になれ」
「今日から俺の女になれ」 フランソワーズの心中は穏やかであったが、相対する人物のそれはどうなのかはわからない。びっしょり汗をかいているのでおそらく穏やかではないのだろう。 「あの……?」 大丈夫?とフランソワーズが手を伸ばした。が、相手はそれから遠ざかった。 「いいから、答えてくれっ」 いま話題になっていることのだ。わかるだろう、話の流れをみれば。 そう思ったが、なにしろ相手はフランソワーズだ。 「だから、……今日から俺の女だ」 あさっての方へ視線を泳がせてみたが、そこに答えがあるわけではない。 「ひどいわ、ジョー!」 そう、ジョーである。 「ひどいわ」 なにがだろうか。 俺の女よばわりしたことがだろうか。 しかし、これには深いようで実は浅いわけがあるのだが、いまそれを言っても大丈夫なのか判断するのは難しい。 「ええと……それは嫌だという意味……?」 おそるおそる尋ねると 「ばかっ」 と彼女のバッグが飛んできた。 「ばかばか」 ジョーは釈然としないながらも、とりあえずフランソワーズをなだめるように抱き締めた。 今度公開になる恋愛ものの映画に、こんなセリフがあるとテレビが語ったのが今朝のこと。 だからジョーは律儀にそうして、冒頭のセリフを言ったのだ。が、まさかフランソワーズが本当に経緯を全部きれいさっぱり忘れていたとは。 なんだかんだいってもフランソワーズには甘いし弱いのだ。 わざと不良っぽく。 「ずっと前からお前は俺の女だろ」
フランソワーズは黙ってじいっと声の主を見た。
「き、今日から俺の女に」
「……」
「だっ、だから、今日から」
「………」
「だっ…」
「…………」
「………………」
沈黙が訪れた。
「答え?」
「ああ」
「何の?」
「何って」
優しくしなければあとが怖い。
「どうして?」
「え!?」
「どうして今日からなの?」
「えー……っと、それは……」
「へ?」
先刻から妙に強気で宣言していたのはジョーなのだ。
しかし、いま彼は彼女の予想外の反応にただおろおろするだけであった。
そして彼女本体もぶつかってきたのでジョーは慌てて受け止めた。
「え。あ」
「今日からなんて、ひどいっ」
「え、でも」
「じゃあ何?私はずっとあなたの女じゃなかったってこと?」
「は?」
「そう思っていたのは私だけ?」
「ん?」
「ばかばかジョーのばか」
「……?」
ジョーは特に感動をおぼえたりもしなかったのだが、フランソワーズは違った。
いきなり乙女モード全開になったのだ。
瞳をきらめかせ頬を薔薇色に染めて。そしてジョーにおねだりしたのだ。
このセリフを言ってくれ、と。
しかし、すぐに口を開いたジョーに、今ではなく後で一緒に出掛けて思いがけない時に言ってちょうだいと注文をつけた。この経緯を忘れた頃に言われると本当っぽいからと。
ジョーは、なんだかなあと思いつつ、でもまあこういうところも可愛いからいいかと納得した。
だから、抱き締める腕に力をこめて抱き寄せると耳元でこう言った。
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