「春の新色」

 

 

「お。新色だな」


リビングで雑誌を読んでいたジョーは、入ってきたジェットの声に顔を上げた。


「・・・何が?」
「何がってオマエ、フランソワーズの・・・」

言いかけて途中から噴き出した。

「フランソワーズが何?」

いらいらしたジョーの声。

「いやっ、なんでもない!」

言う間にも笑いを堪えるジェット。

「なんだよ、気になるじゃないか」
「いーって。気にするな」
「だけど」

フランソワーズの名前が出たら気になるジョーであった。

「なんでもない、って。オマエらほんっとうに仲がいいなってことさ」
「・・・それは、まあ・・・」

ごにょごにょと不鮮明な言葉を発し、ジョーは再び雑誌に目を向けた。


以後、リビングにやって来た輩は、必ず「新色だな」「新色かあ。春だね」などと謎のコメントを残した。
初めは訝しそうにしていたジョーだったが、最後には慣れてしまい何にも思わなくなっていた。

 

***


「ただいまー」

出かけていたフランソワーズが帰ってきた。
満面の笑みでリビングに入ってきたフランソワーズは、しかし、ジョーの顔を見た途端、豹変した。


「いやだ、ジョー!ずっとそのままだったの?」
「そのままって、何が?」

フランソワーズは慌ててハンカチで彼の頬を拭った。
出掛ける前にキスした場所。
そこにはくっきりと口紅がついていたのだった。
この春の新色。しかも、落ちにくいと有名な。

「もうっ、鏡くらい見てよね、ジョーのばかっ」


しかし、ジョーは知っている。
そんなの、キスした本人がとっくに気付いていたであろうこと。
なのにそれを指摘せず彼女は出かけたのである。

だから。


「えっ・・・マーキングの一種じゃないの」

 

 

その日、ジョーはフランソワーズに口をきいてもらえなかった。