「休息」

甘えている――わけじゃない。
かといって、だったら甘えていないのかと問われればそれも否定せざるを得ない。
なんとも説明に困る。
困るのだが――だからといってこの権利を放棄する勇気を僕は持ち合わせていない。

そう、勇気だ。

色々なものを削ぎ落として、結局、僕には勇気しか残らなかったわけだけれど
そのなけなしの勇気さえ、いまこうしてみると失おうとしているのかもしれない。

 

「・・・どう思う、フランソワーズ?」

 

さらさらと金色の髪が滑ってゆく。
その持ち主の唇が微かに開いて僕の名を呼び、そして――僕の唇を塞いだ。

 

「それを訊いてどうするの、ジョー?」

 

・・・どうもしないよ。

 

答える代わりに、僕は彼女を抱き寄せた。

 

 

***

 

たぶん、何かのミッションの後か――あるいは、束の間の休息といったところだったように思う。
ともかく僕たちは、緑がいっぱいの丘に居た。
きらきらと輝く海を眼下において、小高い丘の上には緑がたくさんあって――日当たりも良くて、戦いに疲れた僕たちはそこに降り立った途端に
リラックスできたように思う。
少し潮の香りを含んだ風は、それでも湿気を帯びることなく爽やかに吹き抜けてゆく。
僕たちのマフラーは軽やかに揺れた。

ドルフィン号から見えた景色に歓声を上げたフランソワーズは、ここで休憩しましょうと提案した。
僕たちは何しろ精神的にも肉体的にも疲弊していたので是非もなかったのだが、フランソワーズは半ば強引に決めてしまった。
張々湖と一緒にお茶の準備をして降り立ち、全員にそれをふるまった。
渋い顔をしていたハインリヒも、お茶を飲み終わる頃には笑顔を見せるくらいに回復していた。

そうして、めいめいが思い思いの格好で景色を眺め、無言の――けれども居心地の良いひとときを過ごした。
しまいには、あまりの気持ちよさに眠ってしまう者もいて。

僕たちはというと、そんなみんなをよそに他愛もないことを話していたのだが、ふと会話が途切れフランソワーズが空を見て――僕は彼女が何を思っているのか全く想像ができなかったけれど、それでも彼女の邪魔をしたくなかったので――そのまま寝転んで目を瞑った。

睡魔はすぐにやってきて、僕はすっかり寝込んでしまった・・・の、だが。

日の光が眩しいなと思った途端、それがすっと遮られたので目が覚めた。
うっすらと目を開けると目の前にはフランソワーズがいて――自分の腕を頭の下に組んで枕代わりにしていたはずなのに、いつの間にか
僕の頭はフランソワーズの膝の上にあった。
動揺する僕にフランソワーズはしっと言って唇に人差し指を当てた。

いたずらっぽい瞳。

僕に見える範囲では――仲間はさっきと同じ姿のまま静止していたので、おそらく眠っているのだろう。
僕が目を閉じてから数分しか経過していないようだった。

だけどフランソワーズ。
みんながいる前で、随分大胆なコトをするね?

そう目で訴えると、フランソワーズはくすりと笑った。
大袈裟ね、ジョーったら。

そうして白い手が僕の髪を優しく撫でる。
吹き抜けてゆく風よりも心地よい。

だから僕はもう一度目を閉じた。

 

が。

 

「おいおいジョー。甘えるのはひとめにつかないところでやってくれ」

 

からかうような声が響いた。

目を開けると、眠っているはずの仲間がみんな――にやにや笑ってこちらを見ていた。
それらは不快な視線ではなかったけれど、不意打ちではあったので、僕は身体を起こそうとしたのだがフランソワーズはそれを許してくれなかった。

 

 

***

 

***

 

 

しばらくして唇を離すと、フランソワーズは真っ赤な顔をして小さく「ばか」と言った。
そう、今日の――今の僕は009ではなく、ただのジョーでしかもばかなんだ。
だから、ばかなことをしても許される。

いつもの僕だったら、みんなの目の前で君にキスしたりはしないんだけど、今日はばかだからいいんだ。

 

平和だし。

 

気持ちがいいし。

 

それに――

 

「・・・甘えているのは私よね?ジョー」

 

そういうわけだから。