目を覚ました時、一番初めに見えたのは自分の姿だった。 ――誰だ、これ。 そう思ったのだけれど、それを深く考える時間はもらえなかった。 駄目だ。なんだか知らないけど死ぬ。 鑑別所を脱走して――その後のことは思い出せない。連れ戻されたのだとしても、だったらこの服装はいったい何事だろうとも思った。 あれこれ回想している間に、なぜか瓦礫から立ち上がっていた。 ――なんだ、これ。 が、やはりそれを深く考える時間はもらえなかった。すぐに空から攻撃されたのだ。 おいおい、なんだよこれは。俺が何かやったっていうのか?なんで空爆されなきゃならねーんだよっ。 あんまり頭に来たので、降下してきた戦闘機に向かってジャンプした。 ・・・あれ? しかも身体が軽い。そして何より驚いたのは、自分のキックひとつで戦闘機が大破したことだった。 え、ちょっと待てよ。 操縦者はいたのだろうか――と不安になった。が、真っ黒に塗られていたことからステルスだろうと見当をつけた。試しに蹴ったらヒットして壊れたうえに、ひとを殺したなど悪夢である。ほっとして地上に着地した。が、衝撃は全くなかった。 ――いったい、何がどうなってるんだ。 混乱した。
数時間後、001と名乗る子供から事情を聞いて、ともかく納得した。 どうやら自分は機械人間になってしまったようだ。何の因果かわからないけれど、ともかくそういうことだろう。 ・・・便利だ。 ちょっと気に入った。 が。 それも風呂に入るまでのことだった。 「うわあああああっ」
ジョーは我が身を見つめ、ただ恐怖におののいていた。 腋毛はどこいった。 つるつるすべすべの肌なんてキモチワルイ。 ジョーは毛むくじゃらに憧れていたのだ。己の風貌が女性的な甘いマスクなのがイヤでイヤで仕方なかった。だったらいずれ、髭を生やそうと心に決めていた。それも口ひげなどという可愛らしいものではなく、顔半分を覆い隠すようなもじゃもじゃ髭を。だから初めて髭が生えたときは嬉しかった。すね毛ももっと濃くなればいいのにと思った。そしていつかは胸毛も生えてくればいいなと思っていた。 それらが全て――きれいさっぱり、なくなっていたのだった。
――悪夢だ。 機械人間なんて便利だと思っていたのに、今や勝手に改造とやらを施したブラックゴーストが憎くてたまらなかった。
そんなある日。 ジョーは気がついた。この髪の毛はなぜ伸びないのだろうかと。 こんなつるつるの身体はイヤだ。 ジョーは一大決心をした。 匠たちを見つけて、植毛手術をしてもらわなければ。 そうして単身、ブラックゴーストの本拠地へ向かった。
数年前に解散しているブラックゴーストの専用研究所は、まだ生きていた。 ジョーは正面の門をくぐった。
「あのう・・・すみません。こちらに植毛の達人がいると聞いたのですが」 受付のロボット的なお姉さんにあっさりと答えられ、ジョーは一瞬これは罠なのではないかと思った。しかし、せっかくここまで来たのである。罠かもしれないがそうでもないかもしれない。行ってみる価値はあるだろう。 そんなわけで、ジョーは3階に向かった。
――ここまでか。 それでも諦めきれず、ドアの前に立った。途端、ドアが自動で開いた。 「えっ?」 ただの自動ドア? 「おっ。お前さんはゼロゼロナンバーじゃないか。ええと、最後の――9番だ」 懐かしそうに目を細められた。全員がこちらを見ている。 「どうだい、髪の具合は。後ろ髪を跳ねさせるのは苦労したんだぜ」 髪に憂いがあるのかどうかジョーにはわからなかったし、どうでもよかった。 「で?今日はどうしたんだ。9番目」 ジョーは事情を説明した。 「なるほど。お前さんの気持ちはわかる。――おおい、彼の取扱書を出してくれ」 カルテではなく取扱説明書らしい。ジョーはちょっと膨れた。いくら機械人間だからってそれはないだろう。 「お、ここだ、あったぞ。――確かに腋毛とすね毛は剃ったとある。のちに毛穴コーティングを施し毛根を除去し」 ガラスケースを抱えて匠がやって来る。
数時間後。
「まあ、こんなもんだな。どうだ?」 ジョーは防護服を着ながら上機嫌だった。 「あのー・・・」 じっと凝視されるがここで負けてはいられない。 「ええ。ありました」 再びめくられる取扱説明書。 「――おい、坊主。嘘をつくな。お前には最初から胸毛なんてないだろうが!」 ジョーは肩をすくめた。匠の眼光は鋭い。 「だまそうったってそうはいかないぜ」 あわよくば、と思っていただけだ。と心の中で言う。 「余計な仕事はせんぞ。大体、最初っからなかったものを植えろといわれてもそれは出来ねー相談だ」 それもそうだろう。彼らは人工毛の開発ではなく植毛担当なのだから。 「あの・・・僕らの仲間に女の子がいるんだけど、その・・・彼女も普通に植毛・・・」 取り付く島もなかった。 「・・・そうします・・・」
その後、ジョーのすね毛と腋毛は生着したのかどうかは定かではない。
|