目を覚ました時、一番初めに見えたのは自分の姿だった。
妙な服を着ていた。

――誰だ、これ。

そう思ったのだけれど、それを深く考える時間はもらえなかった。
すぐに周囲の壁が崩れ下敷きになった。

駄目だ。なんだか知らないけど死ぬ。

鑑別所を脱走して――その後のことは思い出せない。連れ戻されたのだとしても、だったらこの服装はいったい何事だろうとも思った。
が、どちらにしろ俺はこのまま瓦礫に埋もれて死ぬんだ。
あーあ、だったらちゃんと、これは濡れ衣を着せられたのだと言っておけばよかったなあ。俺は殺してない、って。なんだかどうでも良くなったから、適当に返事をしたのが良くなかったのだろう。
だってさ。鑑別所にいようが孤児院にいようが俺にとっては同じことだったし。だからどっちでもいいや、ってそう思って――

あれこれ回想している間に、なぜか瓦礫から立ち上がっていた。
痛くもかゆくもない。ついでに言えば、瓦礫が全然重くなかったのだ。てのひらを見てみる。傷ひとつついていない。

――なんだ、これ。

が、やはりそれを深く考える時間はもらえなかった。すぐに空から攻撃されたのだ。

おいおい、なんだよこれは。俺が何かやったっていうのか?なんで空爆されなきゃならねーんだよっ。

あんまり頭に来たので、降下してきた戦闘機に向かってジャンプした。
届くわけがなかったけれど蹴りのひとつでも見舞わなくては気がすまない。届くわけがない――が、なぜかあっさりと戦闘機のボディにキックを見舞うことができた。

・・・あれ?

しかも身体が軽い。そして何より驚いたのは、自分のキックひとつで戦闘機が大破したことだった。

え、ちょっと待てよ。

操縦者はいたのだろうか――と不安になった。が、真っ黒に塗られていたことからステルスだろうと見当をつけた。試しに蹴ったらヒットして壊れたうえに、ひとを殺したなど悪夢である。ほっとして地上に着地した。が、衝撃は全くなかった。

――いったい、何がどうなってるんだ。

混乱した。

 

数時間後、001と名乗る子供から事情を聞いて、ともかく納得した。
いや、納得というよりとりあえずのわけがわかったといったほうが正しい。混乱していたのは間違いなかったから。

どうやら自分は機械人間になってしまったようだ。何の因果かわからないけれど、ともかくそういうことだろう。
だからキックひとつであの破壊力だったし、瓦礫に埋もれても痛くもなく怪我もしなかった。初めて見る乗り物なのに何故か操縦が出来たし、異国の言葉なのに日本語のように簡単にわかった。

・・・便利だ。

ちょっと気に入った。

が。

それも風呂に入るまでのことだった。

「うわあああああっ」

 

ジョーは我が身を見つめ、ただ恐怖におののいていた。
何しろ自分の身体は、つるっつるだったのだから。

腋毛はどこいった。
すね毛は。
まさか、髭も生えないのか?
大事なところは――なぜかあった。ので、ちょっとほっとした。
が、こんな思春期前の少年のようになってしまって、なんとも複雑な思いに囚われた。

つるつるすべすべの肌なんてキモチワルイ。

ジョーは毛むくじゃらに憧れていたのだ。己の風貌が女性的な甘いマスクなのがイヤでイヤで仕方なかった。だったらいずれ、髭を生やそうと心に決めていた。それも口ひげなどという可愛らしいものではなく、顔半分を覆い隠すようなもじゃもじゃ髭を。だから初めて髭が生えたときは嬉しかった。すね毛ももっと濃くなればいいのにと思った。そしていつかは胸毛も生えてくればいいなと思っていた。

それらが全て――きれいさっぱり、なくなっていたのだった。

 

――悪夢だ。

機械人間なんて便利だと思っていたのに、今や勝手に改造とやらを施したブラックゴーストが憎くてたまらなかった。

 

そんなある日。

ジョーは気がついた。この髪の毛はなぜ伸びないのだろうかと。
博士に何気なく聞いたら人工毛髪だと言われた。
つまり、自分は機械人間になる際に、いったん生身の身体から皮膚を綺麗に剥離され、様々な強化要素を盛り込まれた後に再びその皮膚を着せられたのだと、そういうことらしい。その時、邪魔な毛は排除されたのだという。だから、いまここにある髪の毛はすべて人工毛髪であり、ブラックゴーストに所属する「匠」と呼ばれる植毛のプロフェッショナルが一本一本丹精こめて植えていったものらしい。
・・・こっちの毛も?と一瞬よぎったが、深く考えない事にした。
その匠たちは、どうやら腋毛やすね毛に関してはまるっきり無視してくれたらしい。単にめんどくさかっただけかもしれない。が、ジョーにとっては切実な問題だった。

こんなつるつるの身体はイヤだ。
大体、この先フランソワーズとどうにかなるにしても絶対、変だと思われるし、もしかしたら笑われてしまうかもしれない。

ジョーは一大決心をした。

匠たちを見つけて、植毛手術をしてもらわなければ。

そうして単身、ブラックゴーストの本拠地へ向かった。

 

数年前に解散しているブラックゴーストの専用研究所は、まだ生きていた。
ただ研究を続けたいという、世間とはまるっきり価値観の違う、博士と呼ばれるオタクたちが残っていたのだった。
この中に植毛の匠がいれば話は早い。

ジョーは正面の門をくぐった。


受付があった。

「あのう・・・すみません。こちらに植毛の達人がいると聞いたのですが」
「はい。3階になります」

受付のロボット的なお姉さんにあっさりと答えられ、ジョーは一瞬これは罠なのではないかと思った。しかし、せっかくここまで来たのである。罠かもしれないがそうでもないかもしれない。行ってみる価値はあるだろう。

そんなわけで、ジョーは3階に向かった。


目の前に観音開きの巨大なドアが立ち塞がった。これはおそらく暗号とかそういうものがなければ入れないのだろう。ドアの横にあるコンソールを見つめ、ジョーは落胆した。

――ここまでか。

それでも諦めきれず、ドアの前に立った。途端、ドアが自動で開いた。

「えっ?」

ただの自動ドア?
入ると中はただっぴろい体育館のようであった。とても建物の外観からは想像しえない広さである。
そこに、ひとめで匠とわかるグループがいた。なぜわかったのかというと、彼らは背中に植毛一筋と書かれた半纏を着こんでいたのだった。

「おっ。お前さんはゼロゼロナンバーじゃないか。ええと、最後の――9番だ」

懐かしそうに目を細められた。全員がこちらを見ている。
勝手に懐かしがられても嬉しくない。が、彼らに敵意は見当たらなかった。ただ単に――仕事ひとすじなのだろう。

「どうだい、髪の具合は。後ろ髪を跳ねさせるのは苦労したんだぜ」
「はあ・・・それはどうも」
「前髪は俺が担当だったんだ。なかなかいいだろ?憂いがあって」

髪に憂いがあるのかどうかジョーにはわからなかったし、どうでもよかった。

「で?今日はどうしたんだ。9番目」
「はあ・・・実はかくかくしかじかで」

ジョーは事情を説明した。
どうしても髭と腋毛とすね毛が欲しいのだと。

「なるほど。お前さんの気持ちはわかる。――おおい、彼の取扱書を出してくれ」

カルテではなく取扱説明書らしい。ジョーはちょっと膨れた。いくら機械人間だからってそれはないだろう。
匠の手元に分厚い本が置かれた。どうやらこれがジョーの取扱説明書らしい。一体何が書いてあるんだろう・・・と思うジョーの目の前で、慣れた手つきでページがめくられた。

「お、ここだ、あったぞ。――確かに腋毛とすね毛は剃ったとある。のちに毛穴コーティングを施し毛根を除去し」
「あの、方法はいいです。それより可能かどうか」
「うーん。あの時の毛があればいいんだが。――おい、どうだ」
「ありましたっ」

ガラスケースを抱えて匠がやって来る。
あの中に俺の毛が。
ジョーの心は期待で膨らんだ。

 

数時間後。

 

「まあ、こんなもんだな。どうだ?」
「ええ、じゅうぶんです。ありがとうございます」

ジョーは防護服を着ながら上機嫌だった。
これでいつフランソワーズとどうこうなっても大丈夫だ。
と、そこであることに気がついた。
そういえば・・・あちらの国のひとって胸毛が好きって聞いたことがあるぞ。だったらついでだ。是非、胸毛を作ってもらおう。

「あのー・・・」
「なんだ、9番目」
「俺の胸毛は」
「胸毛?そんなのあったか?」

じっと凝視されるがここで負けてはいられない。

「ええ。ありました」
「・・・ちょっと待て」

再びめくられる取扱説明書。

「――おい、坊主。嘘をつくな。お前には最初から胸毛なんてないだろうが!」
「ひゃっ」

ジョーは肩をすくめた。匠の眼光は鋭い。

「だまそうったってそうはいかないぜ」
「え、あの、騙すつもりじゃ・・・」

あわよくば、と思っていただけだ。と心の中で言う。

「余計な仕事はせんぞ。大体、最初っからなかったものを植えろといわれてもそれは出来ねー相談だ」
「はあ・・・」

それもそうだろう。彼らは人工毛の開発ではなく植毛担当なのだから。
いかに生身のように再現するかに命をかけているといっても過言ではない。そこでジョーは常々疑問に思っていたことを口にした。

「あの・・・僕らの仲間に女の子がいるんだけど、その・・・彼女も普通に植毛・・・」
「ふん。ぼうず。女の子の秘密を聞くのはルール違反じゃねーのか?」
「えっ」
「気になるところだろーが、俺達は何にも言わねーぞ。知りたきゃ己の目で確かめろ」

取り付く島もなかった。

「・・・そうします・・・」

 

その後、ジョーのすね毛と腋毛は生着したのかどうかは定かではない。