え?

私が何を怒っていたのか、って?
そんなの秘密よ。だって、言ったら絶対に笑うもの。

本当よ?
ジェット、あなたは絶対に笑うわ。――ピュンマも。
だから、絶対に言わない。

――なあに?ジェロニモ。
私が酷いって言うの?・・・ジョーを泣かしたから?
それは違うわ。あのひとは、誰が何してもすぐ泣くのよ。

え。
・・・そうかしら。
ハインリヒに言われると、そうかもしれない・・・って思うけど。あ、でも、ほんのちょっとよ。ちょっとだけ。

で、何を怒っていたのか、って?
んもう。結局、話はそこに戻るんじゃない。

――いいわ。言うわよ。
でも絶対に笑わない、って誓ってね?

あのね――あ。ジョーが呼んでる。
本当だってば。

 

「フランソワーズっ、どこーっ?」

 

ね?
ちょっと行ってくるわ。

 

「ジョー!いま行くわ!!」

 

***

 

「結局、わからねーままかよっ」

ジェットがソファに寝転がって文句を言っているのが見える。ジョーの部屋からリビングを透視してみた。
私は微笑むと、ジョーを見つめた。彼の腕のなかで。

ジョーは私を離さない。
ちょっとでも離れると嫌がる。まるで私がどこかへ行ってしまうかのように、抱き締めて離さない。

「ねえ、ジョー?」
「ん?」

ジョーは愛おしそうに私の髪や額に唇を寄せる。

「みんなが理由を知りたがってるの。どうする?」
「どう、って、そりゃ――」

言葉を切って黙り込む。
それが答え。

「わかったわ。内緒ね?」
「うん――」

ジョーの唇が頬を掠める。くすぐったいわ、ジョー。

 

――ケンカの理由なんて、いつだってささいなこと。大した事じゃないわ。
ひとに言ったら、なんだそんなことか、って呆れて笑うわ。
でも、私たちにとっては必要なこと。

「――ねえ、ジョー?」
「・・・うん?」

私の首筋に顔を埋めているジョー。
・・・くすぐったい。

「――今度、レースより私の方が大事なんて言ったら許さないわよ?」

そう。
そんな事は許さない。
あなたの一番大事なものはレースであって、車であって、私じゃいけないの。
絶対に、だめ。

「・・・口が滑っただけなのに」
「それでも、思ったのは事実でしょう?」
「・・・そうだけど」

きっと、カワイイ恋人は「車よりきみが大事だ」って言われたら喜ぶのだろう。

だけど。

そんなの、私は許さない。

そんなジョーは好きじゃない。

大好きだけど、大嫌い。

いざとなったら、戦場に私を残しても撤退することができなくてはダメ。
だって、私は――私のために命を落とすあなたなんて大嫌いだから。

私のことは二番目でいいの。
ううん、もっともっと後ろでいい。優先順位の下位でいい。下位が、いい。

「でも納得いかないよ」
「ジョー!?」
「ああ、もうっ、わかったよ。僕はレースの方が大事です。・・・これでいいんだろ?」
「そうよ。よくできました」

それでも不満そうなジョーの唇に私は自分の唇を近づける。
大好きな、大切な、ジョー。

――いなくならないで。

たとえそれが、私を守るためであったとしても、私の目の前でいなくなることは絶対に許さない。

こんなの、ただのわがままだけど。