「君は僕の太陽」

2008年4月にピュンマ様部屋に掲載したお話を再掲
一人称はピュンマ様です。

 

 

「――え。そんなの、言えないよっ」
「いいから、言ってみろって。フランソワーズには内緒だからさ」
「・・・けど」
彼女には全部筒抜けなんだぞ。――というジョーの言葉に僕とジェロニモは待ってましたと顔を見合わせた。
「それが大丈夫なんだな。今頃、フランソワーズは遠くに行っているから」
「遠く?」
「そ。ジェットがどこかに連れてった」
「ジェットが?」
一瞬、言葉に詰まるジョー。
「どこか、ってどこだよ?」
続いて出た声には、やや険が含まれている。やばい。
「別にアヤシイ所じゃないよ。なんだっけ、ホラ――」
「ディズニー○ー」
「そそ、ディズ○ーシーだよ」
ジェロニモの助け舟に片目を瞑って応え、ジョーに告げる。
「――ディ○ニーシー。・・・ジェット、と?」
「ああ、違う違う。ジェットはただの運転手さ。バレエの友達と行くとかって言ってたし」
「・・・ふーん・・・・」
それでもジョーは納得がいかない様子だった。
「――あのな。フランソワーズは気を遣って、お前に黙っていたんだぞ。」
「気を遣う?なんで」
「レースセッティングにかかりっきりだっただろう?毎日泊り込みでさ。今日だって、明日出発する準備のために帰ってきただけだろうが」
「・・・そうだけど」
それにしても、ひとこと言ってくれたって。とブツブツ呟いている。
僕とジェロニモは軽くため息をつくと、当初の目的であるインタビューを再開した。

「君にとって彼女はどんな存在?」

 

***

 

僕とジェロニモはSEである。
なので、仕事の振り幅は大きく、忙しい時とそうでない時の差がかなりある。
そして今はその「そうでない時」だった。つまり、有り体に言えば――暇。
ただ暇をしててもしょうがないから、以前より頼まれていたあるアンケート企画を行うことにした。
これは通常、ネットで回答を求めるものであり、既に統計処理に有効な量の回答は得ていた。が、せっかく近辺に野郎がうろうろしているのだから、直接訊かない手はないだろう――と、朝から僕とジェロニモは各々にインタビューをして回っていた。
アンケートの内容は至ってシンプル。恋人もしくは想い人は自分にとってどんな存在であるか。と、いうもの。
それだけ。男性限定。年齢制限なし。
ジェロニモ、ジェット、アルベルトは既に回答しており、あとはジョーを残すのみだった。

そうして、ジョーの答えは冒頭の如くだったのだ。
目の前にフランソワーズがいる訳じゃないんだから、さらっと言ってしまえばいいのに。あくまで「アンケート」なんだしさ。さらっと。

――そう。あくまで「アンケート」であって、真面目な回答を期待していたわけではなかったのだ。

 

***

 

「僕にとって、彼女は――」

最初はしぶしぶ、嫌そうに言葉を紡ぎだしていたジョーだったが、数分後、覚悟を決めたのか――もしくは、誰かに言いたかったのか――すらすらと喋りだした。
コイツは絶対、誰かに喋りたかったのに違いない。1000点賭けてもいい。(ちなみにジェロニモはそれに「全部」賭けると言い切った)

「僕にとって彼女は、そうだなぁ、世界の全てなのは間違いない。うん、世界の全て。――なに変な顔してるんだよピュンマ。どこか変か?――変じゃない?――だろ?だってフランソワーズがいなくなったら・・・。
・・・そんなこと、考えたくもないけれど・・・もし、万が一にもそんな事があったら」

約3分の沈黙。
後にテープ起こしをした時(そう、実は録音していたのだ)、故障かと思ったくらいの完璧な沈黙だった。

「――いや。ダメだ。そんなことはあっちゃいけないんだ!うん。そうだよ。だいたい、フランソワーズがいなくなるわけないじゃないか。そんなの、考えるのだってしちゃいけない。もし本当になったらどうするんだよ・・・。
ええと。なんだっけ?――あ、そうそう、それだよジェロニモ。そう、彼女はどんな存在か、だったよね?」

「世界の全て、っていうのはちょっと足りないんだよね。――世界の全て、っていうよりも――僕にとって全てを引き換えにしてもいいくらいの存在だからさ・・・。
・・・いや。「いいくらいの」じゃなくて、「いい」んだ。僕の周りの酸素全てとフランソワーズとどっちか選べって言われたら考えるまでもないし。――え?やだな、ピュンマ。どっちなんだい、ってフランソワーズに決まってるじゃないか。――酸素がないと死んでしまう?そんなのわかってるよジェロニモ。だけどさ、酸素なんかなくたって、フランソワーズがいれば僕は生きていけると思うんだよね。逆に、酸素があったってフランソワーズがいなかったら生きてる意味がないじゃないか。そう思うだろう?」

「だから、僕にとって彼女は「全て」。それ以外の何者でもないよ。――うーん。つまり、君は僕の太陽だ――って感じかな。――うん、そう。比喩なんかじゃなくてマジに。――ん?太陽だったら夜はどうするんだって?ばかだなぁ、ピュンマ。やめてくれよ。太陽だって休む時間は必要なんだ。寝る時間があるの、当たり前だろう?
――あれ?ピュンマ、もういいのかい?ジェロニモも。

まだ全然、話してないんだけどな。まださわりの部分だけだよ?――え?もういい?いいの?ほんとに?」

 

***

 

途中でテープを止めるべきだったと気付いた時は遅かった。
まさかヤツがこんなにべらべらと嬉しそうに喋るとは僕もジェロニモも想像もしていなかった。
まだまだ修行が足りないな。

そうして、喋っている途中で強制終了されたジョーは少し不機嫌で――ぶすっとした顔で最後にこう言った。

「いま話したことはフランソワーズに言うなよ」

ご立派にもガンつけてくる。

悪いな、ジョー。そんな約束はできないぜ。
なぜなら、本当は――

ジェロニモがニヤリと笑い、ぱっと身体を半身に開く。
するとその背後には。

「・・・ジョー。今言ったこと、本当?」
やだわ、恥ずかしいわ・・・と頬を染めながらも嬉しそうなフランソワーズの姿。

一方のジョーはといえば。

ああ、この顔。
カメラを持ってきておくんだった!