第16話「ウエストサイドの決闘」
「仲間」
だから、何も訊けないけれど。
「フランソワーズ。君ならどうする?」
ある日の午後。
グレートが淹れてくれた紅茶を飲んでいる時、ジョーに訊かれた。
リビングに居るのはジェットとグレートとジョーと私の4人だけ。
「どう、って・・・何のこと?」
すると、ジョーとグレートが顔を見合わせ、グレートが小さく頷くとジョーが口を開いた。
「例えば、君の友人の――そう、フローラが怪我をして輸血が必要だとする。
そして血液を提供できる可能性があるのは君しかいないと医者に言われたら・・・どうする?」
「どう、って・・・」
だって私たちには、提供できる血液なんてない。
「――できないわ。輸血なんて」
「でも、君は昔彼女から輸血してもらって助かった事があったとしたら?
どうやって事情を説明して輸血ができないと話す?」
「そんな・・・」
事情を話せるわけがない。
私はサイボーグだから、あなたに血液をあげることはできないのよ――なんて。
・・・でも。
「もし、何も言わずに断ったら・・・友人として、会えなくなるかもしれないのね」
「――そうだね」
それでも、『何か適当な理由を作って』説明するなんて、私にはできない。
「自分が血液を提供できない理由」なんて、いくらでも思いつく・・・けれど。
「例えば・・・そうだな。自分は肝炎に罹っているから、輸血できないというのは?」
ジョーの言葉に思考が停止する。
――なに?
なんなの、それ。
そんな嘘なんて――最低、じゃない?
「ジョー。フランソワーズが困ってるぞ」
隣でジェットが大儀そうに言う。
そういえば、さっきからずっと無言だった。
背もたれから身体を起こし、だるそうに髪をかき上げる。そして、改めて正面のグレートとジョーを見つめる。
「・・・ったく。お前ら、くだらない質問してる暇があったら」
「くだらない、ってジェット。これは僕たちにとっても大事なことで」
弁解するジョーを手で制して。
「ああ、わかってる――わかってるよ。お前の言いたいことは」
小さく息をつく。
「フランソワーズ。もう見当がついているかもしれないけど――いまジョーが話したことは、実際にあったことなんだ。
つまり、向こうで」
「・・・向こうで?」
「ああ。俺の昔の仲間が怪我をしてな。輸血が必要だったけど、俺は血液を提供することができなかった。
結果的に、俺は裏切り者扱いされて、奴らとは永遠に縁を切られてしまったわけだ」
「ジェット。それは言いすぎだ」
「いいんだ。実際に、もう――おそらく二度と会わないだろうしな」
そのまま沈黙する。
私は初めて聞く話にただただ驚いていた。
向こうでそんなことがあったなんて・・・ジェットもグレートもジョーも、誰も何にも言わないから知らなかった。
そんな話って・・・辛すぎる。
――でも。
「フランソワーズ。君ならどうする?」
改めてジョーが同じ質問をする。
――私は。
私だったら・・・
ちらりと隣のジェットを見つめる。
目が合った。
ジェットは唇の端をちょっと上げて、ちょっとだけ笑った――ように、見えた。
「・・・そうだよな。俺もお前さんと同じだ」
そう言って、そっと私の頭を撫でた。
「グレートもジョーも、答えは一緒だった」
そうなの?
目の前のジョーとグレートを見つめる。
試すようなことをしてごめんね、とジョーが小さく言う。
「確かに、自分が血液を提供できない理由なんて、いくらでも考えつく。
一番簡単なのは『感染症』に罹っている、と言うことだ。
――なんでもいい。血液で感染するものなら。
例えば、梅毒やB型肝炎、C型肝炎。そしてAIDSや-D-などの特定免疫。
それのどれかに罹患したから、自分の血液は提供できないと言えば彼らはおそらく納得しただろうし
俺は裏切り者扱いもされず、今でも連絡を取り合うことも可能だったかもしれない。けどな」
一瞬、言葉を切って全員を見回すジェット。
「『血液感染する病気に罹っている』なんて、軽々しく言ってもいいことか?
嘘で言ってもいいことなのか?
実際に罹っている人が聞いたら何て思う?
実際に今でもそれらの病気で苦しんでいるひとがいるんだ。なのに、嘘で言ってもいいのか?」
――そうなのだ。
自分の保身のために「病気だという嘘をつく」のなんて、私たちにはできない。
「そんなの、実際に闘病しているひとたちにとんでもなく失礼だ。
そして俺は、そんな失礼な事を言ってまで自分の身を守りたくはない。
それに・・・昔の仲間といっても、奴らに嘘をつくぐらいなら――俺は、「裏切り者」でいいと思ったんだ」
そのまま黙って、再びソファの背もたれに身体を預ける。
――キレイゴトだと、言いたいひとは言えばいい。
けれども、既に生身の身体ではない私たちにとっては、生身の身体で頑張って生きているひとを
「自分の身を守るための道具」にしたくはないのだ。
本当は、そんなことは考えず「ごめん。肝炎だから輸血できないんだ」って軽く言ってしまえばよかったのかもしれない。
少なくとも、友情は損なわれずに残っていたはず。
でも。
それで得た友情も絆も、全ては偽り。
自分の「嘘」の上に成り立っている虚像。
そんなの、私たちは要らない。
「――ね。ジョーだったらどうするの?」
後片付けをしながら、さっき私にしたのと同じことをジョーに訊いてみた。
もちろん、答えはみんなと同じということは知っていたけれど。
「うーん。・・・何も言わない。かな。ジェットと一緒」
「・・・サイボーグとは言わないの?」
「たぶん」
カップをお盆に載せて、キッチンへ運ぶジョーの後ろを歩きながら。
「でも・・・私だったら、言うかもしれない」
「――え?」
ジョーが驚いて振り返る。
「気をつけて。ちゃんと前を見てなくちゃだめよ」
「あ、う・うん」
何か言いたそうなジョーの背中をそっと押してキッチンに入る。
・・・そう。
私だったらどうするか。
その答えは、結局みんなには言わずじまいだった。
――私だったら。
きっと、全部正直に言うわ。・・・たぶん。
それで去ってゆくひともいるかもしれないけれど、わかってくれるひともきっといるはず。
私は――私の、大切な人たちのことを考えていた。
昔の友人と、そして――
いまここにいる、大切な8人の仲間のことを。