第18話「我が心の吸血鬼」
        名前を呼んで

 

「フランソワーズ、ちょっと」
「なぁに?ジョー」

最近、研究所内でよく聞く会話の一部である。
「最近、しょっちゅう名前で呼ぶアルね」
006がしみじみとつぶやく。
「ジョーがメンバーを名前で呼べるようになるまで、随分時間がかかったアルよ」
「そうだな。特に003は」
周囲に苦笑が洩れる。
「・・・アルヌール、だもんなぁ」
「あれにはびっくりしたよな」
「つられて一緒に言っちゃったよ」
「まぁ、あの時はヤツに限らず全員、動転していたからな」
神々との闘いで重傷を負った003。
今はその傷も癒えて、時々バレエのレッスンにも通っている。
「アレだろ?バレエの送り迎えもアイツがしてるんだろ?」
「そうアルよ。時々二人で一緒に食事に来るアル」
初めは見ていてもどかしかったけれど、最近になって徐々に二人の距離が近づいているようで
メンバーとしては微笑ましい限りなのであった。

 

 

最初は、名前で呼ぶ事にかなりの抵抗があった。
他の女の子だったら、深く考えたりもせず気楽にファーストネームで呼べるのに。
003。
君のコードナンバーは003。
だから僕は君を003と呼んでいた。ずっと。
でも、戦闘が終わってからも君の事を003と呼ぶのは僕だけだった。
それに気付いたのは、いつ頃だったかな。
ともかく、みんなが君を名前で呼んでいたんだ。
やっぱり、お国柄なのかなとも思ったけれど。
だけど、すぐ気付いた。
そうじゃない。
みんなちゃんとした名前があるんだ。
サイボーグではコードナンバーでも、人間としてちゃんと名前がある。
だから。
せめて日常では名前で。
・・・初めて君から名前で呼ばれた時。
びっくりしたけれど、なんだか胸の奥が温かくなった。
声が優しかったからかな?
笑顔が可愛かったからかな?

「ジョー、聞いてる?」

えっ。
顔を上げると、怒った顔の君が居た。
「えー・・・っと・・・」
「もう。やっぱり聞いてなかったのね」
でも怒ったのは一瞬で、すぐに笑顔になる。
「いい?イワンのミルクはこうして湯銭して温めるのよ。沸かしちゃ駄目」
「うん」
「それで、温度を確かめるときは、こうしてほっぺにあてて・・・」
そっと君が目を伏せる。
・・・睫毛が長いんだな。
戦闘中は気付かなかったけど。

「あの・・・、ジョー?」

気付くと、困った顔の君がいた。
「えっと・・・あの」
「え?・・・・っあ!ご、ごめん!」
思わず手を引く。
ついでに体も一歩後退してしまう。

 

 

そんなに驚かなくてもいいのに。
まるで、うっかりそれとは知らずに壊れ物を触ってしまった時みたいよ。
私はどうしたらいいのかわからなかっただけなのに。

最近、よく名前で呼んでくれる。
・・・大抵、何かに困っている時だけど。
そういえば、この前も大きな声で私の名前を連呼して探してくれていたらしいわね。
防護服を着ている時は、ナンバー呼びでいいのに。
なのに私の名前を何度も呼んで。
必死だった、って。
泣きそうな顔していた、って。
他のメンバーに聞いたけれど、本当?
私は催眠されていたし、気絶しちゃってたし、全然聞こえなかった。
聞きたかったな。
アナタが私を心配して呼んでくれる声。

「ごめん、フランソワーズ」

ふふっ。
アナタに名前を呼ばれると、自然に笑顔になってしまう。
「大丈夫。落とさなかったわ」
ほら、と、哺乳瓶を目の高さに上げる。
ね?
「イワンにミルクをあげなくちゃ。・・・ジョー、やってみる?」
「え・・・僕にできるかな」
「大丈夫よ」
ジョーの手のなかに哺乳瓶を押し込む。
「やってみて」

その瞬間、腕を掴んで引き寄せられた。
思わずアナタの胸に倒れこんでしまう。

「ジョー?どうし」
どうしたの?と、言わせてもらえなかった。

 

 

イワン、ミルクはもうちょっと待っててね。