港で、マユミさんとその恋人を見送った。
と、いうより
挨拶もそこそこに、僕は彼女たちに背を向けた。
もう永遠に会うことも無いだろう。
彼女の黒い瞳を見つめる事も、見つめられる事も。
僕が向かう先には、仲間たちが待っている。
永遠に切れない絆を持つ仲間たち。
けれどその絆は、同じサイボーグ同士だからという単純なものではなく、信頼という固い絆。
彼らは決して仲間を見捨てない。
そして、僕も決して彼らを見捨てない。
蒼い瞳が僕を迎える。
僕が初めてこの蒼を見たのはいつだっただろうか。
もうずっと昔の事のような、そうでもないような・・・気がついたら、いつもこの蒼い瞳を見つめていた。
深い蒼。明るい蒼。その時々によって、微妙に変わる瞳の色。
どんな色の時も僕はこの蒼い瞳が好きだ。その瞳が涙に濡れることがないように、大切に守りたい。
「・・・フランソワーズ」
けれど。
彼女はくるりと背を向けて歩き出した。
え?
「フランソワーズ?」
呆然と立ち尽くす僕の背に、次々に声が飛ぶ。
「あーあ。ついに愛想つかされちまったな」
「ま、自業自得ってヤツだ」
「ジョー、気の毒。俺、祈る」
「祈らなくっていいって。ちょっとは反省も必要なのだから。悩め、若者よ」
「仕方ないアルよ。帰ったら、好物作るのコトよ。元気出すアルヨロシ」
口々に言いたい事を言って、仲間が追い越してゆく。
最後にピュンマが僕の肩に手を置いて静かに言った。
「追いかけなくていいのか?」
追いかける・・・。
僕にそんな資格があるだろうか。
黙り込んだ僕を見て肩を竦め、行ってしまう。もうちょっとで出発するから乗り遅れるなよと言い置いて。
・・・フランソワーズ。
どうして。
さっきまでは、僕のそばに居てくれたのに。
・・・でも。
やっぱり僕は、君に甘えすぎていたのだろうか。
何も言わなくても解ってくれていると、勝手に思い込んで。
君は絶対に去っていかないと、勝手に信じ込んで。
「早く来ないと置いていっちゃうわよ?」
顔を上げると、いたずらっぽく微笑んだ君が居た。
「・・・フランソワーズ」
「どうしたの?」
だって、君は行ってしまったんじゃないのか?
「具合でも悪い?」
心配そうに顔を覗き込む。
「ジョー?」
まさか本当に置いて行っちゃったと思ったの?
ジョーの顔を見ながら、呆れつつもふっと笑みが洩れてしまう。
私がみんなより先に歩き出したのは。
あなたとゆっくり歩きたかったから。
だから、先に動いて、みんなを促して先に行ってもらったの。
・・・って、あなたには教えてあげない。
だって、このくらいの誤解はさせておいても許されるでしょ?
今日の私は、かなり頑張ったのだから。
状況を把握できていないあなたの腕を取り、そっと頬を寄せる。
「・・・ジョー?」
返事はない。
でも、続けて言ってしまう。
「もし、私が昔の恋人に会いにパリに帰りたいって言ったらどうする?」
心臓が止まるかと思った。
昔の恋人?
君の?
会うためにパリに帰る?
駄目だ。そんなの。
と、言いたいけれど言えない。今の僕にそんな資格は無い。
かといって
いいよ。行っておいで。
とは、絶対に言えない。言いたくない。
フランソワーズ。そんな事を僕に訊くなんて、君は酷い。
・・・いや。
酷いのは、僕だ。
いま君に言われたのと同じ事を、僕は君に、した。
君はこんな思いをしていたのか?ずっと。
「・・・ごめん」
「何のこと?」
私を見つめる褐色の瞳。
「行ってもいいの?パリに」
行くなって、言って。そんなの駄目だよ、って。
「・・・っ」
何か言いたそうにして、でも数瞬ののちに目を逸らすあなた。
ドルフィン号まで、あとわずかの距離。
寄り添った腕をそっと離す。
これ以上寄り添っていると、後で絶対からかわれてしまうから。
ドルフィン号を見上げたとき、ぼそっと小さく呟くあなたの声が聞こえた。
ふっと胸が温かくなった。
見なくてもわかる。
きっと今のあなた、顔が赤いわ。
私もたぶん、負けないくらい顔が赤いと思うけれど。
一緒にパリに行って、君の今の恋人は僕だってちゃんと言うよ
絶対に渡さないから
昔の恋人なんていないわよ。って言ったら、あなたはどんな顔をするかしら?