「Talk to the moon」

 

 

 

「・・・ねぇ、ジョー。憶えてる?」

こつんと僕の胸におでこをつけて、フランソワーズが呟いた。

「何を?」

僕はフランソワーズの肩に腕を回して抱き寄せる。


静かだった。


仲間と少し離れて並んで座っている。

僕たちの前には月と星しかなくて。
漆黒の闇の中。
お互いの顔もよく見えないから、僕たちはしっかり肩を寄せ合っていた。


「・・・あの時のこと」
「あの時って?」
「あの時はあの時よ」

くすくす笑うフランソワーズ。
僕は、あの時っていったいどの時なのだろうと思い巡らせた。
彼女が言う「あの時」って、いったい・・・?


「この前の、」

「――あ」

思い出した。


「もちろん、憶えてるさ」
「嘘。いまやっと思い出したくせに」
「本当だって。――憶えてるよ」


だけどそれは僕にとって、あまり楽しいといえる思い出ではなかったから、もしかしたら憶えてないよって言った方が良かったかもしれない。
何故ならフランソワーズはずっとくすくす笑いっぱなしだったから。


「フランソワーズ。そんなに笑わなくたっていいだろう?」

「だって・・・」


笑う声は止まらない。
フランソワーズの笑う声は耳に心地良くて聞くのは好きだったけれど、でもそう言ってしまうのも何だかしゃくだったから、
僕はわざと怒ったように言った。


「そうやって笑うなら、今度からは忘れたって言うことにするよ」

「ま。ジョーったら。いいわよ、だったら私はずうっと憶えているから」


僕はどう答えたらいいのかわからず、ただ目の前の月を見つめていた。
フランソワーズの肩を抱いて。彼女の体温を感じながら。

 

「・・・嬉しかったから」

 

フランソワーズは身体を伸ばすとそっと僕の頬にくちびるを寄せた。

 

「だから、忘れないわ。絶対」