未来視 2
リビングとして使っているキャビンで、コーヒーを煎れた。
テーブルにふたつのカップが並ぶ。
そのカップから立ち上る湯気を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
「この前、デッキであなたと一緒の時にね。・・・一瞬だけど、未来が視えたの」
「・・・未来?」
「一瞬だったけれど、鮮明な」
「どんな?」
「それは・・・」
言い淀む。
膝の上で手を握り締める。
「どこかの惑星で・・・みんな死ぬの」
一瞬、言葉を切ってから。
「・・・その、最後の最後に手を下すのが、この私。・・・003なのよ」
それは「一瞬のこと」だったとはいえ、話してみると長かった。
009は時々、相槌を打つものの基本的には口を挟まず、静かに聞いていた。
003が話し終わった後も、ひとこと「なるほど」と呟いただけで。
すっかり冷めてしまったコーヒーを前に無言の二人。
「君は、どう思うんだい?」
「えっ?」
「今の話。・・・君は、本当に未来を視てしまったと思っているの」
「・・・わからない」
顔を伏せる。
009は、話を聞いても呆れたり笑い出したりはしなかったけれども。
でもやっぱり、私が視たのは「想像の産物」「白昼夢」みたいなものだと思っているのに違いない。
そう思うと、話した事を後悔してしまいそうになる。
「・・・でも。はっきりと視えたのよ」
言ってみる。
「・・・そう」
肯定とも否定ともつかない009の声。
「あなたは、私が夢か何かをみたと・・・そう、思っているの?」
じっと見つめる009の瞳。
「そうは思ってないよ。思ってないけど・・・未来かどうか、も、決まってないと思う」
「・・・どういうこと?」
「前にね。004に言われた事があるんだ」
そう言うと、身振りで003をこっちにおいでと呼ぶ。
003が009の隣に席を移すと、その腰を抱き上げて自分の膝の上に乗せてしまう。
「ちょっ・・・ジョー?」
構わず、003の頭を自分の胸に押し付けて。
すっぽりと腕の中に抱えてしまう。
頭を撫でながら続ける。
「前に、僕だけ未来に飛ばされた事があっただろう?・・・憶えてるかな」
もちろん。忘れるわけがない。
「その時に、未来にもブラックゴーストが存在していることを知って・・・僕は、だったら今闘っているのは何なんだと。何の為に闘っているのかと。全て無駄だったのかと。・・・わからなくなったんだ」
でも、その時に004が僕に問うた。
お前は「決められた未来」しかないと思っているのか?と。
「・・・違ったんだよね。今闘っていたのは、自分達で未来を変えるため。未来を造っていくためであって、未来はいくらでも変えられるんだ」
未来なんていくらでも変えられる。
思わず009の顔を見上げる。
「だから、・・・たぶん、君の視た未来はあるのかもしれないし、ないのかもしれない。だけど、それがもし「未来の僕達」が君に発した警告なのだとすれば・・・そうならないための何か を出来る余地が、まだ在るという事にならないかな」
「・・・そうならないための、何か・・・?」
「そう。君が、最後にひとり残って始末をつけなくてはならない未来なんて、あってはいけないんだ」
じっと見つめる009の瞳は、あくまでも優しくて深くて。
「そんな未来なんか・・・僕は絶対に許さない」
「・・・ジョー・・・」
頬を009の胸につけて、その身体にゆっくりと腕を回す003。
耳に009の鼓動が聞こえる。
造りものの心臓だけど・・・「生きている」のは本当のこと。
「生」は造りものじゃ、ない。
涙がひとすじ流れる。
「・・・そうよね。・・・未来は変えられる。いくらでも」
だってさ。と、009は拗ねたように言う。
「大体、君が最後に残るなんて、結局僕は君を守りきれてないだろう?」
君の身体は守れても、心を守れていないから。
「そんなの!納得いかないね。絶対」
そんな009の口調に、思わず笑みが洩れてしまう。
「・・・だから、君が視た未来は、まだ不確定な未来なんだよ」
こつん。
おでことおでこをくっつけて。
「忘れてしまえ・・・と言っても、無理かもしれないから、そうだな・・・」
しばし、間。
「思い出しそうになったら、僕を思い出して。いい?・・・僕は絶対、君をひとりで死なせない」
「ジョーったら・・・」
「ね?・・・もちろん、君が視た未来のなかで僕が言ったという言葉は、確かに僕の中に在る。けれどそれは、最後に君をひとりぽっちで置いて逝く事とは違う」
そんな事はしないよ、と小さく囁いておでこに唇をつける。
「君が視た未来みたいにはならないように、頑張るよ」
009の腕の中で、彼の鼓動を聞きながら。
そのまま眠りに落ちてもおかしくないほどの、安らいだ気持ちのなかで。
それでも、と、003は思う。
それでもやっぱり、きっとあなたは私を置いて逝くわ。
だって私は、「あなたを見送る」って決めているんだもの。
やや自嘲気味に思う。
もし、私があなたよりも先に逝ってしまったら。
後に残った人たちが可哀想だもの。
だって。
絶対、泣くでしょう?あなた。
そして、荒れるでしょう?
そして・・・何も食べず、動かなくなって・・・手がつけられなくなるもの。絶対。
だから、世界の平和のために、私はあなたより先に逝ってはいけないの。
こんなやっかいな人を置いて、先に逝くなんて、私には無理。
だから。
やっぱり私は、最後に残る事になっているんだわ。おそらく。
私たちの寿命なんて、いつ訪れるのかわからないけれど。
とりあえずは。
うっかり死んだりしないように気をつけよう。
そうじゃないと・・・あなたが世界を壊して回りそうで怖いもの。
自分の胸の中で、くすくす笑っている003を見つめ、009はそっと息をついた。
やっと、笑った。
それにしても・・・。
君に、こんな「在りもしない未来」を視せたのはいったい誰だ?
僕はそれが誰であっても、絶対に許さない。