一瞬の未来 side J
意識が少しずつ薄れてゆく。
最初ははっきり聞こえていた君の声がだんだん遠くなってゆく。
たぶんとても近くにいるのだろうけれど、もはや僕の目は君の姿を捉えることはできない。
髪を撫でてくれているだろう指先。かすかなその気配だけが僕と君を繋いでいる。
だから、僕は見ようとする努力も聞こうとする努力も放棄した。
全ては無駄なことなのだ。
今の僕にできることは、運命に身を委ねてその時を待つこと。
そして、僕を見守ってくれているであろうフランソワーズの気配だけを感じること。
それだけだ。
だから、目や耳ではなく僕は全ての感覚を動員して――フランソワーズを感じていた。
たぶん僕は彼女に膝枕されているはずだ。
最後に意識したのはそれだったから。
そして、髪を撫でられて。
頬に触れられ、優しくキスされた。
僕の脳裏に浮かぶのは、目が見えなくなる直前に見た映像。
それは、微笑んでいるフランソワーズだった。
僕がもう最期を迎えるということを知っているだろうに、泣き顔ではなくて笑顔だった。
だから僕は安心して目を閉じることができたのだ。
その時がきても泣いて欲しくない。
悲しませたくない。
僕などいなくなっても君の人生は終わりではないのだから。
ほんのいっとき、悲しいだけであとは――少しずつ忘れてゆくだろう。
それでいい。
それだけが僕の願い。
だから、笑ってくれて本当に安心した。
それに、彼女が笑っていたのは、この前食べたケーキの話をしていたから。また食べに行きましょうねと笑ったのだ。
こんな時なのに、未来の話を――約束をするフランソワーズ。しかも、ケーキの話だ。
もっと他に話すことがあるんじゃないかとも思ったけれど、でもたぶんこれでいい。今はこういういつもと変わらない話が嬉しかった。
いつもと変わらない笑顔。
いつもと変わらない話題。
そんな日常になら、彼女を置いていっても大丈夫だ。
――フランソワーズ。
君はいつも言っていたね。
生まれ変わっても、境遇が変わっても、絶対に僕たちは再び出会い恋に落ちるのだと。
僕は、君がそう信じることで救われるのならそれでいいと思っていた。
だから敢えて異を唱えることはしなかった。
でもね。
僕は実はそう思っていない。
僕は
僕が思っているのは
君にもう二度と会うことがありませんように――
こんな運命の元に会えたことは奇跡だとみんなが言う。
でも僕はそうは思わない。
こんな奇跡などいらない。
僕はともかく、君は――フランソワーズは、こんな運命に遭う必要性などないのだから。
だから、僕はもう二度と君に会いたくなどない。
僕に会えたからこの運命も――サイボーグであるということも――受け容れられる、だなんてそんな事を言ってはいけない。
肯定してはいけない。
僕に会ったことも、君にとってはたぶん不運に違いないのだから。
だから。
今度会うときは、絶対に交わらない道を歩んでいたい。
これを聞いたら、君はきっと泣くだろうから言わなかったけれど。
でも僕は。
僕の知らない君が、僕の知らないところで幸せに生きていて欲しいと、そう思う。
――さようなら、フランソワーズ。
それでも僕はきっと君を見つけてしまうだろうけれど。