第25話「優しき僕らの父ギルモア」

〜その目に他の誰をも映すな〜

 

私の目なんて、見えなくなってしまえばいいのに。

 

去ってゆく後ろ姿を見つめ、003は小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

自分の目のおかげで全員が助かったし、彼女と博士の間の誤解も解けた――とは、思う。
体内に埋め込まれた時限装置に気付かなかったら、今頃はどうなっていたかわからない。
運よく助かったとしても、彼女は悲しい誤解をしたままだったろうし、博士は・・・
博士は一緒に死ぬ気だった。
だから、結果的には自分は「サイボーグ003」としての役目を果たしたのだと言える。
もっと満足してもいいはずだった。
けれども心の中の重い塊は残ったまま溶けてはくれない。

 

――どうして何でもかんでも透視してしまうの?

 

闘いの中にあっては、その力が皆を救うとわかっている。
だから、どんなものでも――どんなに怪しくないものでも、全て疑ってかかり、隅々まで透視することが必要なのだ。

わかってはいた。

その重要性も。

自分の役割も。

ただ、いつの間にか、それをすることが当たり前のように慣れてしまっている自分がイヤだった。
こうして闘いに慣れていってしまうのだろうか。
「慣れて」しまっていいのだろうか。

――違う。と、フランソワーズは思う。

闘いに、戦うことに、慣れてはいけない。そんな闘いではないのだ。
自分たちは慣れるために戦っているのではない。――決して。

起爆装置を彼女の体内に見つけたことを察した博士。
全てを知ったのに、彼女を受け容れた。大きく優しい心で。
博士のその気持ちに制されたから、言わずにすんでした。
彼女の体内に起爆装置があるということを他のメンバーに。
危機的状況であるということを皆に知らせるのは必須だったから、もし言っていたとしても責められはしなかっただろう。
ただ、――博士を悲しませただけで。

 

――こんな能力なんて要らない。

 

何度思ったか知れない。

好きで得た力ではないのに、どんどん慣れてゆく自分が嫌いだった。
しかし、闘いの最中ではそんな事を考える時間的余裕も心の余裕もなかった。
ただ「必要だから」と流されて、そんなものかもしれない――と、思うようになって。

私の目なんて、見えなくなってしまえばいい。

そうすれば、見たくないものを永遠に見なくてすむようになるだろう。

 

 

 

 

 

「フランソワーズ。ここにいたのか。そろそろ出発するよ?」

 

振り返った先には009がいた。

 

「何してたんだい?」

「・・・夕陽を見てたの」

「ふうん。・・・綺麗だね」

 

自然に隣に並んで、一緒に水平線に消えてゆく夕陽を眺める009。
彼は自分のことを心配して探しに来てくれたのだろうか?
それとも――リーダーとしての義務で、迎えに来たのだろうか。

今の003にはわからなかった。

起爆装置を見つけたなんて凄いね――とか、きみのおかげで助かったよありがとう――とか、
もしも今ここで言われたら、心がズタズタになりそうだった。

何も好き好んで透視したわけではない。

何でも疑ってかかっている今の自分が嫌い。

 

「・・・辛かったね」

「――えっ?」

「さっきの。・・・自分の力がイヤになるよね」

009は夕陽を見つめたまま言う。

 

「だけど、――自分を嫌いになったらだめだよ?フランソワーズ」

 

微かに笑みを浮かべて009が003を見る。

「僕も何度もそう思うんだ。でも――」
逃れられないのなら、受け容れるしかない。今の自分を。

 

「・・・ジョー」

003はそうっと手を伸ばし――009の手に触れた。
その手を握り締め、009は続ける。

 

「――自分の本当に見たいものがちゃんとわかっていれば大丈夫だよ」

 

自分の本当に見たいもの。

 

「いま見てる夕陽とか、空とか――ね?」

「・・・もう沈んでいくわ」

「そうだね」

 

オレンジ色だった周囲が日没とともに闇色に変わってゆく。
彼らにはその色こそがふさわしいのかもしれなかった。

 

「・・・ありがとう。ジョー」

 

彼の肩におでこをつけて003は小さく言う。

おそらく009は、自分の何倍も辛い思いをしてきたに違いない。
最強のサイボーグであるということは、他の者がわからない重荷をいくつも背負っているということなのだから。
いくつも傷ついて。心をすり減らして。そうして今もここに居るのだろう。

優しい瞳のサイボーグ。

 

そんなあなたが好き。

 

そんなあなたを私は見ていたい。

 

あなた以外、何も映さなくてもいいくらい。

 

 

 

 

 

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