第30話「ジョー!父さんを追え」補完話

「許さない」

 

 

 

今日は中々大変な一日だった。

ジョーが勝手に飛び出して行っちゃって。
そのわけを黙っていなくちゃいけなくて。
しかも、みんなの怒りを鎮める役もしなくちゃならなくて。
更には、落ち込んで帰って来たジョーのお守り。
更に更に、これらをしながら並行してミッションのこなすという…ねえ、これってかなりのオーバーワークよね?
ゼロゼロナンバーサイボーグってブラック企業だったのかしら。
ちょっと本気で考えてしまう。
それに。
一番の元凶がさっさと自室に篭って出てこないのってどうなのよ。
なんかもう、絶対ぜったい許せないんだわ。みんなが許しても私が許さない。
今日という今日はきちんと反省してもらって、いったい何が起こっていたのかきっちり説明してもらわなくちゃ。

私はそう意気込んでジョーの部屋をノックした。

 

ジョーは寝ていた。

眠っていた。

防護服のままで。ベッドにうつぶせになって。
その姿は…そう、まるで行き倒れ。

目元には――涙の痕。


んもう。
これじゃ文句言えないじゃない。

私はしばらく行き倒れ状態のジョーの背中をじっと眺めていた。

さて、どうしたものか。

今日一日の怒りのやり場は無い。こんな状態のジョーに当たったところで自己嫌悪しか発生しない。それは嫌だった。
でも。かといって、このまま何もしなければ――今日いちにち何がどうだったのか、ジョーは知らないままだろう。
いや、知らなくてもいいのだけれど。
でも、自分の身勝手さが他のメンバーに(特に私に)どんなに迷惑をかけたのか知らなければいずれまた繰り返す。
それは絶対にダメだ。
私たちのためにも、ジョーのためにも。

そこまで考えたところで、これってまるで子育てのようだわと気付いてちょっとうんざりした。
ジョーは私の子供じゃないし、弟でもない。
恋人のはずなのに。
なのにどうしていつもこうなってしまうんだろう。

たぶん、ジョーが精神的に幼いせいなのだろう――ううん、幼くは無い。
そうではなくて。
おそらく私が。
私が、ジョーを甘えさせているのだろう。
本当は、ジョーが飛び出していこうとした時にもっと怒るべきだった。メンバーに知らせるべきだった。
なのにそれをしなかった。

――と、ちょっと落ち込みそうになった。

危ない危ない。

だって、おかしいわよね?この思考の流れって。
だって、悪いのはジョーなのに。
それは誰がどう見たってジョーに間違いないのに。
なのにどうして私が自分を振り返って反省しなくちゃいけないの?
反省すべきはジョー本人でしょう。

まったくもう。

私は小さくため息をつくと、ベッドの傍らにそっと腰掛けた。
そしてジョーの涙の痕に指先で触れる。

みんなみんなこれのせいよ。

ジョーが泣くから。

他人に優しくて、優しすぎて自分が傷つくひと。

だから。

だから私は、ジョーを甘やかしてしまう。
ひとりで泣かないで、って、手を握ってしまう。

……と、ちょっとセンチメンタルな気分になったところで急に怒りが湧いてきた。

だって。

何ひとりで泣いてるのよっ。

もう、ばかばかジョーのばかっ。
何よもう、勝手にひとりで泣いてるんじゃないわよ。
泣きつかれて眠ってるんじゃないわよ。

あなたが泣くのは私の胸で、でしょ?
どうして私に全部ぶちまけて泣かないのよ。

もう――もう、知らないっ。ジョーなんか。

なんかもう、私も泣きたくなって(もちろん悔し泣きよ)勢いよく立ち上がった。
ベッドが揺れた。でももうジョーがこれで起きようがどうでもいい。さっきは気を遣ってそっと座ったのだけど。
もうどうでもいいわ、ジョーなんか。
ふん。ひとりでいつまでもべそべそ泣いていればいいんだわ。何があったのか知らないけれど。
ああもうばかばかしい。ちょっとでも心配して損しちゃった。やっぱり絶対許してあげないんだから。
明日になっても起こしてあげないし口だってきかないんだから。

そうして部屋を出ようとしたら。
物凄く小さな声に引き止められた。

ああもう自分の耳が恨めしい。普通の耳なら絶対に聞き取れないのに。私には聞こえなかったふりさえできない。
――ううん。聞こえなかったふりをしようと思えばできただろう。でも。


「――ふらんそわーず……」

 

寝言?


起きているの?


思わず振り返る。でもジョーは微動だにしない。
そっと屈んでジョーの顔を覗き込む。やっぱりさっきと何も変わってない。

――新たな涙の粒以外は。


もう。


ばか。


私はどすんとベッドに腰掛けると、ジョーの髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

わかったわ。

わかったから――ちゃんと起きて、私の前で泣きなさいね?

夢のなかでなんか許さないんだから。