「あなたが好き」
君の声が聞こえたような気がして、一瞬、足を止めようかどうしようか迷った。
けれど、耳を澄ませてみても波の音しか聞こえない。
・・・気のせいか。
空耳にしては随分と自分に都合の良い言葉だった。
『あなたが好き』
自分ではいつも、伝えるきっかけを探しているのに。
いや。
伝えるきっかけを探しているから、このような幻聴を生んでしまうのだろうか。
もし、君にそう言ってもらえたら・・・と、そう思っているから。願っているから。
君を散歩に連れ出したけれど、考えてみれば、だから何を伝えようとか全く考えていなかった。
ジェットが見たら「オイ、手ぐらいつなげよ」って言うんだろうな。
胸の裡でため息をつく。
だけど。
だけど僕は、君が後ろをついてきてくれている。じっと背中を見つめていてくれている。
ただそれだけの事が嬉しくて。
この、満天の星と海しかない場所に「ふたりで」居る。
戦場ではない場所に。
ただそれだけの事が、とても愛おしくて。
うっかり手を伸ばしたら全て壊れてしまいそうな、脆い幸せのような気がして。
だから僕は黙々とただ歩いた。
ふと。
君があまりにも静かなので不安になった。
ちら、と背後を振り返る。
君は僕の背中をじっと見つめていた。
目が合うと、一瞬泣きそうな顔をして。
・・・もしかしたら。
さっき僕が聞いたのは、気のせいではなかったのか?
幻聴ではなく。
・・・まさか。
思わず手を伸ばしてしまった。
君の頬に。
君は一瞬、びくっと身体を震わせた。
「・・・ごめん。何でもないんだ」
頬の温かさに安心して、そっと手を離す。
これ以上、触れてはいけない。
もし、君が僕と同じ想いを抱いているとすればなおさら。
明日からまた闘いが待っている。
いま、お互いに気持ちを通じ合わせてしまったら。
・・・僕は、闘えなくなる。
僕の、君への想いを君に残したまま闘うことはできない。
だから。
僕は、君に触れない。
伸ばした手をぐっと握り締める。
そして僕は黙って歩き出した。
後ろから君の足音が続いている。
・・・闘いが終わったら。
必ず、君に伝えるから。