「正しい朝ごはん」
言わなくてもいいことまで言ってしまった。 *** ミッションの翌朝だった。 そして、今朝早くに起き出した僕と博士にスリーは朝食を用意してくれた。の、だが。 言葉に詰まる僕の視界の隅で、博士が無言で首を横に振っているのが見える。 「これは卵焼きじゃなくて、オムレツだ!」 しかしそれは、どう見ても卵焼きではなくオムレツだった。 「・・・スリー。君には日本の朝食を作るのは難しかったようだね。努力は認めるけど、これじゃ・・・」 僕は黙ったままのスリーに気付き、言い過ぎたことに気が付いた。 そのあとの食卓には気まずい空気が漂った。 *** 出された食べ物に文句を言うなんて情けない。 しかし、スリーに謝る機会を逃し、僕は黙ってギルモア邸を後にした。 *** 翌朝、眠れなかった僕は早々にギルモア邸へやって来ていた。 スリーはいまどうしているだろうか。 そんなことを思い一夜を過ごした。 僕はそっと鍵を開けて中に入った。 「あらナイン。早起きね」 にっこり笑う。 「君こそ随分早起きじゃないか。いったい、どうしたんだい?」 スリーの前には卵のパックが並んでいた。半分は空である。 「練習してたのよ」 どうかしてたんだ。あんな風に言う資格なんて僕にはないのに。 と、続けて言いたかったのに、スリーに遮られてしまった。 「反省したの。ナインの言う通りだわ、って」 でも、と顔を曇らせる。 「難しいのね。なかなか綺麗に出来なくて」 キッチンテーブルの上には、失敗したものらしい卵焼きの残骸がいくつもあった。 「ね。ナインはだし巻き派?それとも甘いのがいい?」 スリーの目をくぐって、ひとくち大の塊を口に入れる。 「!!」 確かにスリーの言う通り、失敗作なのだろう。凄く表現に困る味だ。 「やだ、ナイン!駄目よ、出して!」 ここで水をごくごく飲むわけにはいかない。 「・・・ね?だから、食べない方がいいわ。失敗だもの」 僕は構わず、別の皿から卵焼きをつまんだ。 「あ、駄目よっ」 スリーが僕の腕に飛び付くが、遅かった。 うん。 「ふん。これが失敗作だって?」 そうして僕は、彼女が言うところの失敗作を次々に口に入れた。 「もう、ナインったら!後でお腹が痛くなっても知らないわよ?」 心配そうに見つめる蒼い瞳。 「スリーが作ったものを僕が食べなくてどうする」 ・・・リーダーだから食べているわけではない。 ないんだけど。 「ふん。わかっているじゃないか。だったら今度からは試作品も全部提出すること。まったく、僕が味見しないといけないとはね」 膨れるスリー。 いいかい?スリー。 君が作ったものは全部、僕が食べることになっているんだ。 これは命令だ。 僕が全部食べたいんだ。と、素直に言えない自分が少しもどかしかった
僕は深い溜め息をついた。
なんだってこう、僕はいつも・・・
昨夜遅くに終わったので、僕はギルモア邸に泊まることにした。
みんなもそうするべきだと口を揃えて言ったから、僕はそれに甘えることにしたのだ。
「・・・スリー。これは何?」
「卵焼きよ?」
「卵焼き?これが?」
「そうよ?」
「どうしたの、ナイン。怖い顔して」
「だから。どうしてこれが卵焼きだと言っている」
「日本の朝食には焼き魚と卵焼きって、本に載っていたわ」
が、既に遅かった。
日本男子として恥ずべき行為だ。
家にいても落ち着かなくて仕方なかった。
泣いていたらどうしよう。
浮かんでくるのはスリーの泣き顔ばかりで、僕は後悔の念で押し潰されそうだった。
朝の5時。
みんなまだ寝ているだろう。
リビングでみんなが起きてくるのを待つつもりだった。
が、キッチンに電気がついているのが気になりそちらへ向かった。
「・・・スリー?」
思わず口をついて出た声に顔をあげたのはまさしくスリーだった。
「どう、って・・・」
「練習?」
「ええ。その、やっぱりちゃんとした卵焼きを作れるようにならなくちゃ、って」
「スリー、それなんだけど昨日は」
「そうだな。僕は」
・・・僕は。
「これがいい」
「えっ?駄目よ、これは一番最初に作ったものなのよ。絶対、駄目!」
「なぜ?」
「失敗作だもの。見た目も悪いし、最悪だわ」
「そうかな。・・・どれ」
「いや、大丈夫」
「でもっ・・・ほら、お水飲んでちょうだい」
「いや、本当に大丈夫だから」
意地でも飲むもんか。
「失敗、ねえ・・・」
僕はしっかり味わった。
確かに見た目はあれだけど、でも美味しい。
「そうよ。形が崩れてしまって、とても出すことはできないわ」
「なるほど。だったら、僕が食べても構わないよね?」
「えっ!?」
スリーは何度も阻止しようと手を伸ばしたが、僕は彼女の額に手を置いて動きを封じた。
完全に食べ終わってから、僕はスリーから手を離した。
「平気だよ」
「だって、卵いくつぶんだと思ってるの?」
「平気だって」
まったく、君はなんにもわかってないのだろうか。
それとも、全部わかっているからそうやって見つめるのだろうか。
「・・・ナインはリーダーだものね。でも本当に無理しなくていいのよ?」
「あら、別に頼んでないんですけど?」
「だから君は子供だっていうんだ。博士に試作品を出すつもりかい?」
「・・・そうね」
「だろう?それに僕は腹は丈夫なんだ」
「まあっ、それどういう意味?」
僕はその頬をつつくのを我慢した。