「正しい朝ごはん」

 

 

言わなくてもいいことまで言ってしまった。


僕は深い溜め息をついた。


なんだってこう、僕はいつも・・・

 

 

***

 

ミッションの翌朝だった。
昨夜遅くに終わったので、僕はギルモア邸に泊まることにした。
みんなもそうするべきだと口を揃えて言ったから、僕はそれに甘えることにしたのだ。

そして、今朝早くに起き出した僕と博士にスリーは朝食を用意してくれた。の、だが。


「・・・スリー。これは何?」
「卵焼きよ?」
「卵焼き?これが?」
「そうよ?」

言葉に詰まる僕の視界の隅で、博士が無言で首を横に振っているのが見える。

「これは卵焼きじゃなくて、オムレツだ!」
「どうしたの、ナイン。怖い顔して」
「だから。どうしてこれが卵焼きだと言っている」
「日本の朝食には焼き魚と卵焼きって、本に載っていたわ」

しかしそれは、どう見ても卵焼きではなくオムレツだった。

「・・・スリー。君には日本の朝食を作るのは難しかったようだね。努力は認めるけど、これじゃ・・・」

僕は黙ったままのスリーに気付き、言い過ぎたことに気が付いた。
が、既に遅かった。

そのあとの食卓には気まずい空気が漂った。

 

 

***

 

 

出された食べ物に文句を言うなんて情けない。
日本男子として恥ずべき行為だ。

しかし、スリーに謝る機会を逃し、僕は黙ってギルモア邸を後にした。

 

 

***

 

 

翌朝、眠れなかった僕は早々にギルモア邸へやって来ていた。
家にいても落ち着かなくて仕方なかった。

スリーはいまどうしているだろうか。
泣いていたらどうしよう。

そんなことを思い一夜を過ごした。
浮かんでくるのはスリーの泣き顔ばかりで、僕は後悔の念で押し潰されそうだった。


朝の5時。
みんなまだ寝ているだろう。

僕はそっと鍵を開けて中に入った。
リビングでみんなが起きてくるのを待つつもりだった。
が、キッチンに電気がついているのが気になりそちらへ向かった。


「・・・スリー?」


思わず口をついて出た声に顔をあげたのはまさしくスリーだった。

「あらナイン。早起きね」

にっこり笑う。

「君こそ随分早起きじゃないか。いったい、どうしたんだい?」
「どう、って・・・」

スリーの前には卵のパックが並んでいた。半分は空である。

「練習してたのよ」
「練習?」
「ええ。その、やっぱりちゃんとした卵焼きを作れるようにならなくちゃ、って」
「スリー、それなんだけど昨日は」

どうかしてたんだ。あんな風に言う資格なんて僕にはないのに。

と、続けて言いたかったのに、スリーに遮られてしまった。

「反省したの。ナインの言う通りだわ、って」

でも、と顔を曇らせる。

「難しいのね。なかなか綺麗に出来なくて」

キッチンテーブルの上には、失敗したものらしい卵焼きの残骸がいくつもあった。

「ね。ナインはだし巻き派?それとも甘いのがいい?」
「そうだな。僕は」


・・・僕は。


「これがいい」
「えっ?駄目よ、これは一番最初に作ったものなのよ。絶対、駄目!」
「なぜ?」
「失敗作だもの。見た目も悪いし、最悪だわ」
「そうかな。・・・どれ」

スリーの目をくぐって、ひとくち大の塊を口に入れる。

「!!」

確かにスリーの言う通り、失敗作なのだろう。凄く表現に困る味だ。

「やだ、ナイン!駄目よ、出して!」
「いや、大丈夫」
「でもっ・・・ほら、お水飲んでちょうだい」
「いや、本当に大丈夫だから」

ここで水をごくごく飲むわけにはいかない。
意地でも飲むもんか。

「・・・ね?だから、食べない方がいいわ。失敗だもの」
「失敗、ねえ・・・」

僕は構わず、別の皿から卵焼きをつまんだ。

「あ、駄目よっ」

スリーが僕の腕に飛び付くが、遅かった。
僕はしっかり味わった。

うん。
確かに見た目はあれだけど、でも美味しい。

「ふん。これが失敗作だって?」
「そうよ。形が崩れてしまって、とても出すことはできないわ」
「なるほど。だったら、僕が食べても構わないよね?」
「えっ!?」

そうして僕は、彼女が言うところの失敗作を次々に口に入れた。
スリーは何度も阻止しようと手を伸ばしたが、僕は彼女の額に手を置いて動きを封じた。
完全に食べ終わってから、僕はスリーから手を離した。

「もう、ナインったら!後でお腹が痛くなっても知らないわよ?」
「平気だよ」
「だって、卵いくつぶんだと思ってるの?」
「平気だって」

心配そうに見つめる蒼い瞳。
まったく、君はなんにもわかってないのだろうか。
それとも、全部わかっているからそうやって見つめるのだろうか。

「スリーが作ったものを僕が食べなくてどうする」
「・・・ナインはリーダーだものね。でも本当に無理しなくていいのよ?」

・・・リーダーだから食べているわけではない。

ないんだけど。

「ふん。わかっているじゃないか。だったら今度からは試作品も全部提出すること。まったく、僕が味見しないといけないとはね」
「あら、別に頼んでないんですけど?」
「だから君は子供だっていうんだ。博士に試作品を出すつもりかい?」
「・・・そうね」
「だろう?それに僕は腹は丈夫なんだ」
「まあっ、それどういう意味?」

膨れるスリー。
僕はその頬をつつくのを我慢した。

いいかい?スリー。

君が作ったものは全部、僕が食べることになっているんだ。

これは命令だ。

 

 

 

僕が全部食べたいんだ。と、素直に言えない自分が少しもどかしかった