こちらはオトナ部屋です!!
御注意ください!

「セプテンバー・バレンタイン」

 

 

帰宅するなり、プレゼントだよと渡された白い箱。
彼は普段からプレゼント多目な人だから、大して驚かずはいはいありがとでも先にごはんよねって
そんな感じで流してしまったら

「ミッチィ。今日のはいつもと違うんだ」

なんて、私の両手を包み込むように握りしめ瞳を煌めかせるから

「ん…わかったわ、ナック」

先に箱を開けるしかなくなった。
でも一体なんだろう?
今日は別に何かの記念日でもないし。もちろん、お互いの誕生日でもない。
夕御飯、冷めちゃうななんて頭の隅で思いながら開けてみたら

「まあ、ナック!」

箱の中身をそっと取りだし彼を見ると、ちょっと得意気な笑みを浮かべていた。

「いいだろう?それ」
「ええ。でも…」

勿体無くて着れないわ。

「今日は9月14日だろう?男性が女性にプレゼントをする日なのさ」
「えっ、そんなの初めて聞いたわ」
「さあ。いいから着てみてくれないか?」
「いま?」
「もちろん」
「でも、ナック…」
「帰る間ずっと、これを着た君を思い浮かべて楽しみにしていた僕の気持ちがわかるかい?」
「もう、ナックったら」
「さあ、僕をがっかりさせないでくれ」

って髪にキスされたら断れないじゃない。

「わかったわ。じゃあ…ちょっと待っててね」

彼をリビングに残し寝室に入る。
着替えたらきっと、着てみせるだけじゃすまなくなる予感しかしない。だって、これ…

箱の中身は下着だった。

 

 

***

 

 

ナックのやつ。

そりゃあ自分は新婚だから何でもアリだろう。
けど、こっちはそうじゃない。いったいこれをどうしろというんだ。

僕は綺麗にラッピングされた箱を携えギルモア研究所に向かっていた。
ナックに呼び出され付き合わされた挙げ句につい勢いで買ってしまった。
が、一人になった途端激しい後悔に襲われたのは言うまでもない。
これをフランソワーズに渡すのか?
無理だろう、そんなの。
ナックの嫁はどうか知らんが、フランソワーズはまず間違いなく変態を見る目でみるだろう。
かといって、これを僕の部屋に置いておくのも危ない。
いつフランソワーズが見つけるかわからないし、逆に、どうして部屋にこんなものがという方が色々とまずい気もする。
だからこうして、彼女に渡すつもりで向かっているのだけれど。

なんだか、爆弾を抱えているようにしか思えなくなってきた。

 

 

**

 

 

箱を開けた途端、凍りついたみたいに黙り込むフランソワーズ。

ああ、やっぱりそういう反応をするよなあ。

僕は砂を噛むような後悔に襲われた。
いま、彼女の心の中はどうなっているのだろう。何を考えているのだろう。
僕に彼女の気持ちを読む能力がなくてほっとした。

――何ヲ考エテイルノカ、教エテアゲヨウカ?

なんとおせっかいな。

『要らない』

――遠慮スルナンテ、ナインラシクナイナ

『いいから放っておいてくれ。僕の心の中も彼女の心の中も読むな。寝ろ』

――フン。

すうっとイワンの意識が遠退いた。もしかしたら拗ねたのかもしれないし、眠ったのかもしれない。
今はともかくどうでもいい。
それよりも目の前のフランソワーズだ。

「あのさ、」

「ジョー!」

言いかけた僕に構わず、顔を上げ僕を見るフランソワーズ。その瞳は困惑に染まって――

――は、いなかった。

「どうしてわかったの?」
「えっ」

何がだ。

「色違い、欲しいと思っていたの」

へ?

「でも、今日って何かの日だったかしら。…私、何か忘れてるのかしら…」

困ったわどうしましょうと悩み始めたから、僕は軽く咳払いをした。

「今日はセプテンバー・バレンタインといって、男性から女性に、その…こういうものを贈る日なんだそうだ」

きっと下着メーカーの策略に違いない。

「そうなの。でもジョーがこういうのを選ぶなんて」
「いやそのだからそれは」
「ね。どうしてわかったの?」
「――うん?」
「色違い、欲しがっていたの」
「え…と」

色違い?

「だってこれ、だいぶ前にジョーが」

プレゼントしてくれたものと同じデザインなのよ――と、頬をうっすらと染めて言う。

「――だから、とても嬉しくて、でもいつも着ていたら傷むから勿体無くて、その、ジョーとのデートの時に」

ごにょごにょと語尾を濁らせ、更に頬の赤みが強くなるフランソワーズ。

「でも自分で買うのはどうかなって思って、でも違う色のも欲しいなってずっと思ってて」
「――お気に入りなんだ?」
「ええそうよ。だってこれを着るとジョーが」
「僕が、何?」
「え…ううん、なんでも」

ないわ、と全部を言わせず、僕はフランソワーズにちょっと強引にキスをしていた。

 

 

 

***

 

 

 

「なんてことだ。ミッチィ、凄く…綺麗だ」


リビングまで行くのは恥ずかしかったから、寝室にナックを呼んだのが間違いだったのかもしれない。
と思ったのは、ベッドに押し倒されてからだった。

「ん…ナック、ごはんが冷めちゃうわ」
「後で温めればいい」
「だって、味が落ちちゃう……んん」

ナックは私にキスしたあと、いつの間にか露わになっていた胸に唇をつけた。

「やっ…吸うの、だめ…っ」
「どうして?」
「だって…」

ナックに触れられるだけで身体が熱くなっちゃうのに。

「……いっちゃいそうなんだもの」
「いったらいい」
「いやよ、ナックと一緒がいいのに」
「もちろん、一緒にいくよ。でもその前に君がいくのを見たいんだ」
「いや。駄目よナック。もう、そんなに吸わないで…っ」
「大丈夫だから。――ほら。もう我慢できないだろう?」

耳元でナックが甘い声で囁く。
でも指先で胸を責めるのをやめてはいない。

「ナック…」
「ふふ。そんな困った顔のきみも凄く可愛いよ」
「…ばか」

途端、身体に震えが走った。
すぐにナックがぎゅっと抱き締めてくれる。

「嬉しいな。可愛いミッチィ。でも今度はちゃんと可愛い声も聞かせてくれなくちゃ駄目だよ」
「――ばか。あっ、指…いれちゃだめ」

いまいったばかりで敏感なのに。

「ふうん…どうして?」
「だって…」
「――ああ。そうだったね。ゆうごはんが冷めると駄目なんだった」

すっと身体を起こすナック。

「じゃあ、続きはごはんの後で」
「駄目、ナック」

私はナックの首筋に腕を回し、彼を抱き締めた。

「そんなの許さないわ」
「いや、でも」

もう、憎らしい。私がそう言うに決まっているのを見越してわざと焦らすの、愛しいナック。

「だったら、あと5分で何とかして」
「5分?」
「5分以内ならゆうごはんもきっとまだ温かいわ」

嘘だけど。

「了解したよ、お姫さま」

言うとナックは再び私のなかに指を差し入れた。

「凄いな、ミッチィ。……ほら、もうこんなに」
「あ、だめ。そんなに動かしたら…っ」

簡単にナックの思い通りになる自分の身体が――嬉しい。

「ふふ、ほら、声も可愛い。ねえ、もっと聞かせて」
「――ナックが欲しいのに」
「いまいくよ。ああでも、あと残り…3分くらいで終わるかな」

自信がないよと切なく囁くナックに

「本当にあと5分ですますつもりだったのなら、許さないから」
「僕は自信あったよ?可愛いすぎるきみが悪い」
「私は最初からそんなつもりなかったから」

言った途端、ナックが本気になった。

 

 

***

 

 

 

――雨が降っている。


ギルモア研究所内の私の部屋。
狭いシングルベッドに二人で寝ているから、必然的にぴったりくっついている。
本当は、所内にジョーの泊まる部屋もちゃんとあるのだけれど…

私を抱き締めて目を閉じてから、ぐっすり眠ってしまっている。
だから私は彼を起こさないように身動きもできなくて、そのまま一緒に眠ってしまった。

ジョーの匂い。

ジョーの体温。


外は雨。

雨の音がうるさくて目が覚めた。

雨の日は嫌い。
どうしたって耳に入り込んでくる。
こうして、大好きなひとの腕のなかで眠っていても。

ふと、ジョーの腕が緩んだ。
私の意識が覚醒しているのがわかって――起こしてしまったのかもしれない。
そのまま抱き締めているのを解いて――ちょっと寂しくなった――もしかしたら、これから自分の部屋に帰るのかもしれない。
もう帰るよ って言うのを聞くのが嫌で、私は眠ったふりをした。

目をつむる。

――雨の音が消えた。

ううん、雨は降り続いている。
聞こえなくなったわけではない。

「――ほら。これで眠れるだろ?」

ジョーは私の耳をその手でそっと塞いでいた。
そのまま頭を抱きかかえるように彼の胸に引き込まれる。

「…うん…」

雨は降っている。

でも、聞こえない。

 

聞かない。

 

ジョーの鼓動だけ聞いていることにする。

 

 

 

***

 

 

 

雨の音で目が覚めた。

 

雨。

 

雨の日は心配なことが増える。

 

真っ暗な部屋でそっと半身を起こし、隣に寝ているナックを観察する。
うん、大丈夫みたい。

…たぶん。

わからないけれど。

でも、痛がってはいない。

それは確か。
それが一番大事なこと。

ナックの脚は、雨が降ると痛むから。

随分前にギルモア博士に治してもらったナックの脚。今も数ヶ月ごとに診てもらっている。
――もう、歩けないと思っていた。ナックも私も。
ううん。私は、絶対治るって信じていたけれど。

優しいナックは弱音を吐かない。ひとりで頑張ってしまう。
だから今も、もしかしたら独りで痛みに耐えているんじゃないかって――ああもう、真っ暗でわからない。
ベッドサイドのライトを点けようかちょっと迷う。起こしてしまうかもしれない。でも…痛がっていたら。

「…大丈夫、痛くないから」
「ナック」

ナックの手が腰に回って抱き寄せる。

「だから、泣かないで」

ナックの指先が涙を拭って、目元に優しくキスをして。
もう。真っ暗なのにどうして泣いてるのがわかってしまうのかしら。

「ミッチィのことなら何でもわかるんだ」


それは、私も同じだけど。

 

 

 

 

2019/9/14up(2017/9/14初出) Copyright(C)2007 usausa all rights Reserved.