ナインとスリーの年末年始顛末

このお話は2016/12/30に拍手ページにアップしていたお話です。
2016年のナインお誕生日のお話(オトナページにあります)が大前提なので
先に再読いただけると二度楽しめると思います。が、読まなくても大丈夫です♪

 

 

何がどうしてこうなったんだろう。


ナインは内心腕組みしながら――ついでに首も傾げ――もちろん心の中でだ――考えていた。
否。
嘆いていた。
否否。
喜んで――いる?
しかし眉間に深い皺を刻み頬は険しい。見た目は物凄く怒っている――ようだった。
が、彼を良く知るものがいればこう言うだろう。
ああそれは、戸惑っているだけだよと。
そう。
彼は今、嘆いているのでも喜んでいるのでも怒っているのでもなく、ただただ戸惑っていたのである。
そしてそれを認めていないのは、単純に、「戸惑う状況ではない」からであった。
現象と感情の乖離。
その乖離こそにナインは戸惑っているのであった。
つまり、どういうことなのかというと――

 

 

年末年始はふたりでゆっくりしたいなあと言ったのはフランソワーズだった。
だから僕は、そうだねと言って、じゃあ僕の部屋にお泊りするかい?と半ば冗談で提案した。
だって、まさか老人と乳児を放っておくわけにいかないじゃないか。ギルモア邸を空けるわけにはいかない。
そう思っていたのだが。

「いいの?」

ぱあっと顔を輝かせ嬉しそうに微笑むフランソワーズ。
僕は一瞬見惚れて――そのせいで、彼女が放った一言を聞き逃したのだった。

「――でいいわよね?」
「えっ?あ、うん。いいよ」

僕の部屋に行くのはいつにするとかそんなことを言ったのだろうと勝手に判断し適当に答えた。

「良かったわ。じゃあ、博士とイワンに言っておくわね。私のことは気にせずハワイに行ってきていいわよって」
「へえ、ハワイ――えっ?ハワイ?」
「ええ。本当はモスクワに行こうって言ってたのだけど、老人と乳児に寒さはきついってハワイになったの」
「いやそういうことじゃなく」
「でも私はジョーと一緒にいたかったから、返事をするのを待ってもらってたのよ。二人とも私ひとり残すのは心配みたいで」
「いや、僕がいるじゃないか――って、そうじゃなくて」
「あら心配しなくても大丈夫よ。もうとっくの昔に予約は取ってあるから私の分をキャンセルしてもらうだけだし」
「いや僕が言ってるのは」
「良かったわ。これでずうっと一緒にいられるわね」

ずうっと一緒。

不覚にも僕はその言葉に思考停止してしまい――ずうっと一緒だなんてなんて甘美な響きだろうか――再び彼女の言葉を聞き逃した。

「――ってことでいいかしら?」
「え?あ、うん。いいよ」

大晦日の夜は一緒にカウントダウンするのだろうか。そしてそのまま初詣か。
あるいは、年越ししてから待ち合わせで初詣に行くのでもいいな。

僕はのんびりそんなことを考えていた。
だから、30日の朝にインターホンが鳴った時も全く警戒などしていなかった。宅配が届く予定もなかったし、まだ寝てたから、居留守でいいかと出なかった。そうしたら、すぐに電話が鳴ったのだ。

「――もしもし」
「ジョー?もしかしてまだ寝てるの?」
「……昨夜遅かったんだよ」
「あら珍しい」
「休みだからいいだろう」
「駄目よ、今日は大掃除するんだから」
「ふうん。広いから大変だな。頑張ってくれたまえ」

おやすみ――と切ろうとしたら

「だからジョー、ドア開けてくれる?」
「へっ?」
「大掃除するから」
「いや――今どこにいる」
「ジョーのマンションの前」
「は?」
「言ったじゃない。じゃあ30日から行くわねって」
「い」

言――ってない。と、思う。


「いいよって言ったじゃない」

 

 

***

 

 

「昨日、ハワイに発ったのよ二人とも」

部屋に入るなりフランソワーズは荷物を下ろし、テキパキと解き始めた。手も動いているけど口も動く。

「そのあとギルモア邸を大掃除したから、昨夜は疲れてぐっすりだったわ。今日はここの大掃除だしね」

そうして持参したお掃除セットを示してみせる。
いや、大掃除はいいけれど…それを差し引いても結構な荷物だ。いったい何日いるつもりなんだ?フランソワーズ。

「言ってくれたら迎えに行ったのに」

するとフランソワーズは立ち上がり、僕の頬をつついた。

「いいの。荷造りするのも楽しかったし、ここに来る途中も楽しかったから」

普通の恋人同士みたいで

そう頬を染めて言う彼女はなんていうか――凄く可愛くて――僕は思わず抱き締めていた。遠慮することはない、ここは僕の部屋で今は二人しかいないのだから。


そして僕たちは大掃除を始めた。

始める――つもりだった。

の、だが。


何がどうしてこうなったんだろう。

 

 

 

前述の通り、ここはナインの部屋であり今は二人しかいない。
そして二人は恋人同士である。
だから、抱き締めあってキスして――というのは全く自然な流れといえよう。そして、
「さあ、お掃除しなくちゃ。ジョーは窓を拭いてくれる?」
となるのが常であり二人の場合であった。だから当然ナインもそういう流れになると予想していたから、後ろ髪を引かれる思いで抱き締めた腕を解いた。
本当はもっとぎゅうってしていたかったけれど、煩悩は抑えるものだと自省しながら。
がしかし。

「――フランソワーズ?」

大掃除隊長のスリーが何故かナインから離れない。さっさと彼女から離れそうなシチュエーションなのにも関わらず。
どこか具合が悪いのかとナインが心配し始めた矢先、

「ジョー?大掃除ってもうちょっと後じゃ駄目?」

と甘えたように言われた。

「え、いや…」

別に大掃除になど興味のないナインである。駄目なわけがなかった。
だから、再びスリーを抱き締めることに否やは無い。
そうしてくっついてキスしたりぎゅうっとしたりを繰り返していたら、自然と――自然な流れになるものである。そしてそれは、ナインには願っても無い展開であり、喜びこそすれ戸惑う場面ではない筈なのだが展開が展開だけにどうにも釈然としないものがあるのだった。

――いや、もっと喜んでいいんだよな?僕は。

戸惑いながら、そう自分に言い聞かせる。
がしかし。

どうにもやはり戸惑ってしまうのだった。

 

 


 

 

まず、ここはリビングの床であるという事実。

そして、二人とも妙な半裸状態だということ。

二人における自然な流れでは、ベッド以外の場所というのは有り得なかったし、着衣のままというのも無かったことである。かといって、ちょっと待って場所を変えてと言うのは流れを切ってしまいそうで怖い。今の楽しくじゃれあっているのが気持ちよく、リビングの床の硬さも気にならない。
否、なんとかソファまで持ち込もうとナインは頭の片隅で考えていた。が、ソファまではまだ距離がある。だからせめてもとナインは自分が下になってスリーが上になるようにしてじゃれあっていたのだが。

――それがまずかったのか?

いや…

別にまずくはないのだった。
客観的にみれば、まずいところは何もない。ただナインの気持ちだけの問題である。
そして今、ナインはされるがままになりながら、内心深く考え込んでいたのだった。

やはり、誕生日の時のあれか。
あれに味を占めて

と考えた瞬間、かっと頬が熱くなった。

ななな何を言ってるんだ僕は。味、って!そうじゃなくだな、僕が言ってるのは

スリーがその行為を気に入ってしまった――ということだった。
いや、まだ確定はしていない。気に入ったの「かもしれない」という不確定な要素である。
が。
ちらりとスリーを窺うと、頬は紅潮し一生懸命である。そしてそれはいつものことなのだけど、心なしか嬉しそうに見えないこともないのだった。

なんでも一生懸命、研究熱心なスリーである。
だから、新しい行為にはまることもありえるといえばありえることで

うーん。でもなあ。かといって誕生日以降にそういうことが多かったかというとむしろ逆だったし…

そうなのである。
それが気に入って、まずそれから始めるというのならナインも納得がいった。が、実はそうではなかったから彼は内心腕組みして考え込んでいるのである。
もちろん、誕生日以降のふたりにそういう流れがなかったわけではない。がしかし、スリーが積極的にそういう行為をすることは本当に数えるくらいしかなかったから
ナインとしては、誕生日のあれはかなり無理してたのかなと思い、彼から促すことはしなかった。
だからいま、彼女が率先してそれを始めたというのは彼にとってまさに驚天動地なわけであった。

などとゆっくり余裕でいられるのも今のうちだった。


――っちょ、フランソワーズ…っ

「く…」

だからきみ、まさかの上手か…っ!!

 

 

**

 

 

ジョーが可愛い。


スリーはナインを乱れた髪の合間からこっそり窺った。
そしてナインの様子に満足して更に一生懸命続けた。

スリーは決してこの行為が好きなわけではない。
が、もちろん嫌なわけでもない。
否、どちらかといえば好きな部類に入るだろう。
というのは。

――涙目になって我慢しているジョーって凄く好き。

なのである。
通常、そんな状態の彼を見る機会はないから、初めてこの行為をした時にふと見た彼の様子に凄く驚いたのだった。
何を我慢して辛そうなのか、さっぱりわからなかったのだけれども。
わからないながらも、ナインの様子は凄くセクシーであり、彼の表情や掠れた声に凄くどきどきした。
そして思ったのだ。
自分が原因で彼がこうなるのなら、それって凄く――嬉しいな、と。
だからよりいっそう頑張って続けているのだけれども、そろそろちょっと疲れてきたなと思っているのも事実だった。

「ねえジョー」

顔を上げる。

「――え?」

少し怒ったようなナインの声にびっくりする。

「あのね。その…どうしてますます硬くなってくるの」
「は!?」
「顎が疲れちゃった」
「そ、それは」
「ん。なんかどくどくいってるし」
「いやだからそれは」

しかしナインの声はスリーに届いているのかどうか。

「――うふ。でも今のジョーってとても素敵」
「す…なんだって?」
「うふふ、私もどきどきしてきちゃった」
「――!」

そう言った途端、ナインが身体を起こしスリーを押し倒した。

「え、ちょ――ジョー?」
「もう無理。付き合えない」
「え…」

びっくりして見つめるナインの瞳は真剣で怖いくらいだったから、スリーは一瞬で緊張した。

「それって…」

語尾が揺れる。
実はナインはこうされるのが凄く嫌だったのかもしれない。今まで我慢して付き合ってくれていただけで。
でももう無理だと言った。付き合えないと。それはつまり、

――嫌われた。
ふられるんだ、私

そう思った途端、胸がいっぱいになって声が出なくなった。
勝手に涙が盛り上がってくる。

「ごめ」

ごめんなさいと涙声で言おうとしたところで唇が塞がれた。
これが最後のキスなのかなと思いながらキスに応えた。
だから、ナインが唇を離し腰を進めて来た時もされるがままに何もしなかった。

「――フランソワーズ」
「……」

ナインは動かない。
そのまま優しく抱き締めるナインにスリーの目から涙が流れた。
するとその瞼にキスされ涙を拭われた。

「どうした?――痛い?」
「ううん」
「動くよ?」
「……」
「やめる?」
「……」
「――フランソワーズ?やっぱり痛いのか?」
「ううん……」
「しかし」
「だって。もう付き合えないって」
「――は?」
「もう無理って」

途端、突き上げられ驚いた。

「ジョー?」
「――ったく。どれだけ僕を困らせれば気が済むんだ。全く――ほんとにどれだけ」

可愛いんだっ

「――え?」
「くそっ、もう無理だ。優しくなんかできないからな」
「え?」
「きみのせいだぞ、フランソワーズ」


きみが可愛すぎるから