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耽溺・その2

 

 

「・・・ねぇ、ジョー」
「なに?」

僕がきみに夢中になってもいいと言ってくれたあの日からだいぶ経ったある日のことだった。
あの日以降、僕はちゃんと――夢中になりすぎないように自分をセーブできていたけれど
それでも時々はわざとセーブしない時もあったから、それに気付いた彼女が何か言い出すのかもしれないと身構えた。

いつものように恥ずかしそうに僕の隣で、僕の肩におでこをくっつけるようにしながら。
けっこう甘えん坊だと知ったのは実は最近だったけれど、それは全くイヤではなくむしろ歓迎すべきことだった。
僕は彼女の顔を覗き込みたかったけれど、身を起こそうとしたらフランソワーズに止められたのでやめた。

「・・・あのね」
「うん」
「・・・そのぅ・・・」

もじもじとためらう姿もいじらしくて物凄く可愛かった。
まったく、フランソワーズ。そんな仕草も僕の所有欲を刺激するってわかってるかい?
僕は――また抱き締めたくなるのをぐっと堪えた。
ともかく、今はまだ駄目だ。
フランソワーズの体力だって限界がある。
いくら「頑張るから平気」といじらしく言ってくれたとしても。

だから僕は、彼女のいるのと反対側を向いてからだを起こし、ベッドサイドに置いてあるペットボトルを手に取った。
少し頭を冷やそうと思ったのと実際に喉が渇いていたのと両方の理由から。

「・・・あのね」

フランソワーズも一緒に体を起こして僕の腕に巻きついた。
こういう親密な時間を過ごした直後というのは、ともかく少しでも離れたくはないらしい。
普段でもこのくらい甘えてくれても全然構わないのになと思いながら、僕は嬉しさを噛み締めた。

ミネラルウォーターをコップに注いでフランソワーズにも勧めてみたけれど、要らないと小さく言われた。
だから僕はそのまま水を一息に飲もうとしたのだけど。

「夜には娼婦のようになったほうがいい?」

え!??

水がおかしなところに入って、僕は思い切りむせて咳き込んだ。

「なっ、何を急にっ・・・」

咳き込みながら訊く。

「え・・・だって、何かに書いてあったんだもの。
昼間は淑女で夜は娼婦のような女性のほうが男のひとは喜ぶ、って」
「なっ・・・」

いったいどんな何に書いてあったというのだ。

「だから、私、・・・そのぅ・・・もうちょっと頑張ったほうがジョーも嬉しいのかな、って思って」

頑張るって何を?

「なんていうか、その・・・この前も言ったでしょう?私ももうちょっとジョーに夢中になれたら、って」
「・・・それは別にいいと言ったはずだが」
「でも」
「いい。要らない」

そう言った途端、フランソワーズの肩がびくんと揺れた。
ああもう、確かにちょっと言い方が冷たかったかもしれないけどそういう意味じゃないんだ。

「違うよ。フランソワーズ。そうじゃなくて」

フランソワーズの肩を掴む。でもこちらを向いてはくれない。うつむいたままだ。
だから僕は彼女の頭のてっぺんにキスをした。

「・・・そうじゃなくて。その。・・・僕は今のままのきみがいいから、だから」
「・・・今のままなんてそんなの無理よ」
「え?」
「私だって、少しずつ変わってしまうから、いつか・・・嫌いになるもの」
「変わる?」
「・・・こういうのに慣れてきたら、きっとジョーの好きな今の私じゃなくなるかもしれない」
「・・・あのね、フランソワーズ。ちょっとこっちを向いてくれる」

でもうつむいたままだったから、僕はちょっと強引に彼女の頬に手をかけてこちらを向かせた。
ああもう。どうして泣くんだよ。

「きみが変わるって・・・それはつまり、僕のせいってことだろう?」
「・・・」

無言でこっくり頷く。

「そういう変化も含めて、僕は今のきみがいいんだけど」
「でも」
「僕の気を引こうとして無理して娼婦のようになったりするなら、そのほうが嫌いになるよ」
「・・・でも」
「僕の好きなフランソワーズは僕と一緒に変わっていくフランソワーズだよ?」
「ジョーも変わるの?」
「たぶんね。フランソワーズの知らない僕になるかもしれない」

そうしたらきみは僕を嫌いになるかもしれない。
今度こそ。

「私の知らないジョーがまだいるの?」
「・・・たぶんね」

すると――なぜかフランソワーズは嬉しそうににっこり笑った。

「でも、そのジョーは私とジョー自身しか知らないジョーってことよね?」
「・・・そうだね」
「いつかそういうジョーにも会える?」
「・・・たぶん」
「ふふっ。だったら早く知りたい!」

そうして僕の首筋にかじりついた。
先刻の、昼間は淑女で夜は娼婦っていうあたりのことはすっかり忘れたみたいに。

まったく、きみは本当にわかってない。
僕がどんなにきみに夢中なのか。
娼婦の真似事なんかしなくても、僕はじゅうぶんきみに溺れているのに。
これ以上、僕を誘惑なんてしようもんなら、きっと僕はどうかなってしまうだろう。
そうはなりたくないから、お願いだからやめて欲しい。

今のままでじゅうぶんなのだから。

「・・・ねぇ、ジョー?」
「うん?」
「愛してるわ」
「ふうん、そう――えっ!?」

動揺する僕に恥ずかしそうに微笑んで――フランソワーズはそっとキスをくれた。

 

 

 

2010/1/3up Copyright(C)2007 usausa all rights Reserved.